ヘテロ環とフッ素の生物学的等価体

今月のファルマシアの特集はヘテロ環の化学で、以前紹介した長尾善光先生の 医薬分子の分子内非結合性 S-O 相互作用 に関してもご本人様の記事が掲載されています。是非一度ご覧ください。

さて、私が個人的に興味を持ったのは 「Heterocyclic Bioisostere, 基礎と応用例」 という記事で、特にヘテロ環とフッ素の生物学的等価体の話が面白かったので簡単にご紹介まで。


上図上段の HCV RNA replication inhibitor の例ではプリン骨格の N 原子を C-F 結合で置換して大幅に体内動態が改善した例です (BA=0%→51%) [論文1]。クリアランスが大きく低下しているため、代謝に対して安定化したと思われるとのことです。上図中段の Anti-VSV agent の例ではエーテル O 原子が C-F 結合に置換されています [論文2]。上図下段の GABA modulator でも芳香環の N 原子が C-F 結合に置換されています [論文3]。この置換では元の化合物と pKa などの物性が類似していることも確認されているそうです。

水酸基やエーテルをフッ素に置き換えるのは試したことがありますが、芳香環の窒素をフッ素で置き換えるのはこれまでやったことがありませんでした。機会があれば試してみたいと思います (上手く機能するかは case-by-case でしょうけど)。

フッ素は 「わがままな小さい原子 “a small atom with a big ego”」 と呼ばれるほどに個性の強い原子です。上手く創薬化学に活かせるようになりたいものです。

[論文1] "Structure−Activity Relationship of Heterobase-Modified 2‘-C-Methyl Ribonucleosides as Inhibitors of Hepatitis C Virus RNA Replication" J. Med. Chem. 2004, 47, 5284.
[論文2] "Design, Enantiopure Synthesis, and Biological Evaluation of Novel ISO-D-2',3'-Dideoxy-3'-Fluorothianucleoside Derivatives as a bioisostere of Lamivudine" Nucleosides Nucleotides Nucleic Acids. 2007, 26, 911.
[論文3] "8-Fluoroimidazo[1,2-a]pyridine: Synthesis, physicochemical properties and evaluation as a bioisosteric replacement for imidazo[1,2-a]pyrimidine in an allosteric modulator ligand of the GABAA receptor" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2006, 16, 1518.

気ままに創薬化学 2010年03月24日 | Comment(0) | 相互作用・配座・等価体

追跡!AtoZ 「新薬が生まれない」 の動画

先週 3 月 13 日 (土) に放送された 『追跡!AtoZ』 の 「新薬が生まれない」 の動画です。2010 年問題を中心に製薬企業を取り巻く問題とそれに対する取り組みについての特集番組。元メディシナルケミストで 医薬品クライシス の著者である佐藤健太郎氏もゲストとして出演されています。見逃した方は是非一度ご覧ください。


ちなみに番組をウェブ向けにまとめ直した記事として Diamond 社の 大ヒット商品が続々「特許切れ」へ。2010年以降、もう「新薬」は生まれない!? があります。動画が見れない場合などにどうぞ。

製薬企業の研究者の一人としては色々ツッコミを入れたい部分もありますが、不毛なのであえてノーコメントで。なお、2010 年問題に関しては佐藤健太郎氏の 医薬品の特許制度(Ohm Bulletin 2009年夏号掲載)2010年、薬の進化が止まる日(「新潮45」2010年2月号掲載) も参考になるかと思います。

気ままに創薬化学 2010年03月15日 | Comment(0) | コーヒーブレイク

医薬分子の分子内非結合性 S-O 相互作用

恥ずかしながら、私は製薬企業に入るまで S-O 相互作用なるものを知りませんでした。しかしながら硫黄原子を含む医薬分子は数多くあることから、興味深い相互作用だと思いますので簡単に紹介します。

徳島大学の長尾善光先生らの 1998 年の報告 [論文] によると、非結合性分子内 S-X 相互作用 (X=O、N、S、ハロゲン) は 1,4-、1,5-、1,6- 型が知られるようです。私の印象では 1,4- と1,5- の S-O 相互作用と S-N 相互作用が比較的よく見かけるように思います。


この論文ではアンジオテンシンU受容体アンタゴニストに関して、下図のチアジアゾリン誘導体とオキサジアゾリン誘導体で活性が一桁異なる理由として、分子内 S-O 相互作用が重要だとしています。実際、チアジアゾリン誘導体のカリウム塩の X 線結晶構造解析の結果、S-O 間の距離は 2.54 Åであり、これはファンデルワールス半径の和 3.32 Åよりもかなり短いとのことです。二環性構造と等価な型だとしています。


この S-O 相互作用は、下図のように他の医薬 (候補) 分子にも見られるもので、最近の例では参天製薬さんが こんな発表 (pdf) をなさっているのを学会で聞いたことがあります。このように、分子内非結合性 S-O 相互作用は立体配座の固定や骨格変換体のデザインに使えそうですし、分子間 S-O 相互作用は標的分子との重要な相互作用の 1 つかもしれませんね。


ちなみにその相互作用の本質についてははっきりとはわかっていないようですが、長尾先生らは O の非結合性軌道から C-S 結合の反結合性軌道への n→σ* 軌道相互作用を想定されているようですが、計算化学で有名な s2k's eye 2nd Ed. さんでは 「S-O 相互作用の主成分は O- と S+ の静電相互作用である」 と推定されています。う〜む・・・。

[論文] "Intramolecular Nonbonded S・・・O Interaction Recognized in (Acylimino)thiadiazoline Derivatives as Angiotensin II Receptor Antagonists and Related Compounds" J. Am. Chem. Soc., 1998, 120, 3104.

気ままに創薬化学 2010年03月04日 | Comment(2) | 相互作用・配座・等価体