芳香族フルオロ/トリフルオロメチル化反応

薬の分子デザインにおいて芳香環へのフルオロ基やトリフルロメチル基の導入は今や定石の一つとなっているかと思います。しかしながら温和で一般性のある芳香族フルオロ/トリフルオロメチル化反応は見出されていませんでした。しかしこの課題をついに Stephen L. Buchwald らのグループが克服しつつあります。彼らのグループは昨年の Science に芳香族フルオロ化反応を [論文1]、そして本日の Science に芳香族トリフルオロメチル化反応を報告しました [論文2]


触媒的芳香族フルオロ化反応がこれまで困難とされてきたのは、酸化的付加・金属交換・還元的脱離のうち還元的脱離の段階です。還元的脱離前駆体の Ar-Pd-F 種が二量体を形成しやすく、また活性化エネルギーが大きいため、還元的脱離が起き難いのです。

Buchwald らは彼らが独自開発したモノホシフィンリガンド BrettPhos を用いた芳香族アミノ化反応を報告しており、この際、還元的脱離の前駆体である BrettPhos と Ar-Pd-X (X=Cl, Br) の複合体が単量体として存在することを NMR および結晶構造解析により確認しています。もしも BrettPhos と Ar-Pd-F の複合体が単量体として存在するのならば還元的脱離が促進されると考え、反応を最適化。その結果、パラジウム触媒と tBuBrettPhos の存在下、フッ化セシウムを用いて芳香族トリフラートを対応するフッ素化合物へと変換することに成功しました (少し異なる条件で芳香族ブロマイドも変換可能)。

本反応は種々のヘテロ芳香環や官能基存在下でも進行するため、合成展開にも使えるかもしれません (ただしオルト位にルイス塩基性官能基をもつ場合は除く。また禁水反応なので気軽に使えるかは微妙?)。また、同位体である 18F 試薬が入手可能なフッ化セシウムをフッ素源とするため、PET (ポジトロン断層法) 研究への応用も考えられます。

同様に、TESCF3 と KF をトリフルオロメチル源として芳香族クロライドのトリフルオロメチル化も報告されました (カタログを見たら TESCF3 は普通に売ってました)。リガンドは基本的に BrettPhos でオルト位に置換基がある基質の場合はより嵩の低い RuPhos を用います。この反応も種々のヘテロ芳香環や官能基存在下でも進行します (ただしアルデヒド、ケトン、OH、NHをもつ場合を除く)。芳香族ブロマイドやトリフラートも変換可能なようですが、若干収率が下がるようです。

これらの反応において鍵となるのはやはりリガンドで、これが二量化を抑制し還元的脱離を促進することでこれまで困難だった反応が実現できたわけです。ちなみに、これらの反応に関してはより実用的でより一般的なプロセスを開発中とのことですので、私も創薬化学者の一人としてとても楽しみにしています。

Ar-F や Ar-CF3 は一般的な合成法が少ないため、芳香環に F や CF3 が入った原料を使うことが多いかと思いますが、「どうしても作りたいけど原料が売ってない」 という場合にはカップリング反応で合成することが可能になったようですね。合成法はどんどん進化しているので、あとは創薬化学者が良い化合物をデザインするだけ! (それが難しいんだよね。笑)

[論文1] "Formation of ArF from LPdAr(F): Catalytic Conversion of Aryl Triflates to Aryl Fluorides" Science 2009, 325, 1661.
[論文2] "The Palladium-Catalyzed Trifluoromethylation of Aryl Chlorides" Science 2010, 328, 1679.

気ままに創薬化学 2010年06月26日 | Comment(1) | 合成化学

オキセタン-3-オンの簡便合成法

オキセタンの創薬化学 および オキセタンの創薬化学 [追記] でオキセタンのドラッグデザインについて紹介しました。これらの論文ではすべてオキセタン-3-オンを出発原料として各種オキセタン誘導体を合成しているのですが、このオキセタン-3-オンは合成が難しく、過去の報告では 4 あるいは 5 ステップで 23 あるいは 13 %収率でした。(実際に、オキセタンの創薬化学の筆頭著者の 博士論文 ではオキセタン-3-オンの合成に相当苦労してらっしゃいます。今ではオキセタン-3-オンは市販で入手可能ですが、その合成困難性からか $220/g という高価な商品です)

さて、つい最近、オキセタン-3-オンの簡便な合成法が JACS に報告されました [論文]。安価なプロパギルアルコール ($28/500mL) から高価なオキセタン-3-オン ($220/g) を金触媒を用いて一段階で合成できる、まさに現代の錬 「金」 術。笑


反応条件は湿気や空気を気にせずに "open flask" で大丈夫とのこと。オキセタン 2 位に種々の置換基を導入したものも合成できるようです。オキセタン-3-オンの大量合成や 2 位に置換基をもつ化合物の合成にはとても便利な反応ですね。

[論文] "Gold-Catalyzed One-Step Practical Synthesis of Oxetan-3-ones from Readily Available Propargylic Alcohols" J. Am. Chem. Soc. Article ASAP.

気ままに創薬化学 2010年06月14日 | Comment(0) | 合成化学

芳香環に窒素を入れても脂溶性が下がるとは限らない

2007 年、Pfizer 社の報告 [論文]

分子の脂溶性を下げるために芳香環に窒素を導入することもあるかと思います。しかしながら芳香環に窒素を入れても必ずしも脂溶性が下がるとは限らないようです。下の例ではキノリン骨格に窒素を追加したキナゾリン骨格の方が脂溶性 (実測 LogD) が高くなってしまっています。


論文によると、「キナゾリン誘導体 (実測 pKa=6.7) はキノリン誘導体 (実測 pKa=8.5) に比べて塩基性が低いため、LogD が高くなり、代謝による消失が速くなっている」、とのことです。私が思うには「塩基性」と一言で単純に言えることではないと思いますが、「芳香環に窒素を入れれば脂溶性が下がる」というほど単純でもないというのは頭の片隅に置いておきたいですね。あえて芳香環の窒素を削ることで脂溶性を下げることができるかもしれないのですから。

以前紹介した 予想以上に低脂溶性 2H-quinolizin-2-one でも脂溶性にはびっくりさせられましたが、今回もパッと見では窒素の多い (tPSA の大きい) キナゾリン誘導体の方が脂溶性が高いという驚きの事実のご紹介でした。

[論文] "Impact of physicochemical and structural properties on the pharmacokinetics of a series of alpha1L-adrenoceptor antagonists" Drug Metab Dispos. 2007, 35, 1435.

気ままに創薬化学 2010年06月09日 | Comment(4) | ADMET・物性・特許