有機化合物の分子内水素結合のパターンはいくつもありますが、ちょっぴりマイナーな水素結合のパターンとして F・・・H-N などのフッ素を介した水素結合があります。一般に、共有結合性のフッ素の水素結合能は高くないとされているようですが、合理的にデザインされた F・・・H-N 水素結合はコンホメーション制御に有用かもしれません。
まずは 2005 年、 Angewandte に掲載の報告
[論文1]。下図において、分子内水素結合し得ない化合物
1 と分子内水素結合し得る
2、
3、
4 のアミド N-H の 1H-NMR を比較すると、明らかに低磁場シフトしており分子内で F・・・H-N の水素結合をしていることを示唆しています。化合物
4 では特に大きく変化していて、2 つの水素結合が関与しているものと思われます。
上の化合物は残念ながら結晶化はできなかったようですが、結晶性を高めるためにトリフェニルメチル基を導入した下図の化合物
5、
6 で X 線結晶解析を行っています。 F・・・H-N の距離が 2.3Å 以下で結合角が 90°以上の場合に水素結合していると見なされるので、実際にアミド NH と F が水素結合していることがわかります。化合物
5 においてアニリン NH とは水素結合せずアミド NH とは水素結合している様子が対照的ですね。
X 線で結合距離まで測ってあるので水素結合の存在自体を否定する気はありませんが、個人的に気になるのは下図のように 「双極子モーメント最小化」 や 「ローンペアの反発」 などの寄与もあるのではないかということです (論文情報ではなく単なる私見)。どの程度の寄与なんでしょ?
さて、この水素結合をうまく創薬化学に利用した例が 2010 年 Merck から報告されていました
[論文2]。下図でアミドの活性コンホメーションを推定するために R1 と R2 にそれぞれフッ素を導入した化合物を合成。各コンホメーションのエネルギー差は計算によると約 3kcal/mol になるそうです。これらの化合物の活性を測定すると左のコンホメーションの化合物の方が強いことが判明。こちらのコンホメーションで固定する合成展開でより高活性な化合物を見出しています。
F・・・H-N の分子内水素結合によるコンホメーション制御、上手く使えば有用な相互作用かもしれませんね。ちなみに、他のアミドのコンホメーション制御については、
ピリジン窒素でアミドの向きを制御する や
芳香族N-メチルアミドのcis型優先性 もご参照ください。
[論文1] "F・・・H-N Hydrogen Bonding Driven Foldamers: Efficient Receptors for Dialkylammonium Ions"
Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 5725.[論文2] "Identification of potent, highly constrained CGRP receptor antagonists"
Bioorg. Med. Chem. Lett. 2010, 20, 2572.