NHKスペシャル「夢の新薬が作れない〜生物資源をめぐる闘い〜」の動画

10 月 11 日に放送された NHK スペシャル 「夢の新薬が作れない〜生物資源をめぐる闘い〜」 の動画です。番組の概要は以下の通り。

今年10月、名古屋で開催されるCOP10「生物多様性条約第10回締約国会議」。その最も注目されている議題は、新薬を巡る利益配分である。コンピュータの化学合成による新薬開発に限界が見えてきた今、夢の新薬誕生への期待は、生物が持つ人智を超えた物“生物資源”に託されようとしている。しかしこの18年、生物資源を有する途上国と生物資源から薬を開発する先進国は激しい論争を続けてきた。途上国は先進国に対し「生物資源を奪い、先住民の知恵を盗み取る海賊行為=バイオ・パイラシーだ!」と訴える。だが、両者が平行線を続ける今も、ガンやエイズに苦しむ人々は新薬を待ち望んでいるのだ。一体、生物資源は誰のものなのか?早く国際ルールを決めないと夢の新薬が作れない。番組ではペルー、南アフリカ、サモアをめぐり、驚異的な威力を持つ生物資源を紹介すると共に、それが薬として世に出せない現状をリポート。国際論争の焦点となる議題を分り易く紐解く。
[出典] NHK ホームページ


個人的に特に気になったのは 「原住民の知識は公知なのかどうか」 という問題と 「天然物を化学合成で供給できる場合、天然資源の持ち出しは起きないが、利益配分は (どのくらい) 必要か?」 という問題。まだまだ国際的に一致点を見いだせていないようです。

気ままに創薬化学 2010年10月23日 | Comment(0) | コーヒーブレイク

オルト位フッ素でアミドの向きを制御する

有機化合物の分子内水素結合のパターンはいくつもありますが、ちょっぴりマイナーな水素結合のパターンとして F・・・H-N などのフッ素を介した水素結合があります。一般に、共有結合性のフッ素の水素結合能は高くないとされているようですが、合理的にデザインされた F・・・H-N 水素結合はコンホメーション制御に有用かもしれません。

まずは 2005 年、 Angewandte に掲載の報告 [論文1]。下図において、分子内水素結合し得ない化合物 1 と分子内水素結合し得る 234 のアミド N-H の 1H-NMR を比較すると、明らかに低磁場シフトしており分子内で F・・・H-N の水素結合をしていることを示唆しています。化合物 4 では特に大きく変化していて、2 つの水素結合が関与しているものと思われます。


上の化合物は残念ながら結晶化はできなかったようですが、結晶性を高めるためにトリフェニルメチル基を導入した下図の化合物 56 で X 線結晶解析を行っています。 F・・・H-N の距離が 2.3Å 以下で結合角が 90°以上の場合に水素結合していると見なされるので、実際にアミド NH と F が水素結合していることがわかります。化合物 5 においてアニリン NH とは水素結合せずアミド NH とは水素結合している様子が対照的ですね。


X 線で結合距離まで測ってあるので水素結合の存在自体を否定する気はありませんが、個人的に気になるのは下図のように 「双極子モーメント最小化」 や 「ローンペアの反発」 などの寄与もあるのではないかということです (論文情報ではなく単なる私見)。どの程度の寄与なんでしょ?


さて、この水素結合をうまく創薬化学に利用した例が 2010 年 Merck から報告されていました [論文2]。下図でアミドの活性コンホメーションを推定するために R1 と R2 にそれぞれフッ素を導入した化合物を合成。各コンホメーションのエネルギー差は計算によると約 3kcal/mol になるそうです。これらの化合物の活性を測定すると左のコンホメーションの化合物の方が強いことが判明。こちらのコンホメーションで固定する合成展開でより高活性な化合物を見出しています。


F・・・H-N の分子内水素結合によるコンホメーション制御、上手く使えば有用な相互作用かもしれませんね。ちなみに、他のアミドのコンホメーション制御については、ピリジン窒素でアミドの向きを制御する芳香族N-メチルアミドのcis型優先性 もご参照ください。

[論文1] "F・・・H-N Hydrogen Bonding Driven Foldamers: Efficient Receptors for Dialkylammonium Ions" Angew. Chem. Int. Ed. 2005, 44, 5725.
[論文2] "Identification of potent, highly constrained CGRP receptor antagonists" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2010, 20, 2572.

気ままに創薬化学 2010年10月05日 | Comment(0) | 相互作用・配座・等価体