モノフルオロエチルアミン構造のリスク

2008 年、Merck の kinesin spindle protein (KSP) 阻害薬に関する報告 [論文]。下図左の化合物は Pgp によって排出されることが分かり、これの回避を企図して塩基性を下げるためにモノフルオロエチルアミンに変換。これにより pKa は 8.8 から 7.6 へ下がり、Pgp も改善したそうです。この化合物は他のプロファイルも良好だったのですが、何と 12 mg/kg の投与でラットに死亡例が現れたのです!これには著者らも驚きを禁じ得なかったようで、論文中に "we were surprised to find mortality within 12 h postdose in 2 of 3 rats in the 12 mg/kg group" との記載も。

肝心の死因ですが、モノフルオロエチルアミン部が代謝されて生じるモノフルオロ酢酸による毒性とのことです (モノフルオロ酢酸は酢酸と同様に代謝経路に組み込まれ、フルオロクエン酸に変換され、これがクエン酸回路を阻害して致死性を示す化合物です。致死量は 0.1 mg/kg。もちろん毒物指定)。この化合物以外の KSP 阻害薬ではこのような急性毒性は見られないこと、そしてこの化合物の主代謝物が脱フルオロエチル体であることから、モノフルオロ酢酸による毒性と推定しています。


その後、フッ素をピペリジン環上に導入した下図右の化合物 (MK-0731) が臨床入りしました。


モノフルオロエチルアミン構造に上記のようなリスクがあることは頭の片隅に置いておきたいですね。モノフルオロエチルアミン構造以外でもモノフルオロ酢酸を生成しそうな構造には注意が必要かと思います。

[論文] "Kinesin Spindle Protein (KSP) Inhibitors. 9. Discovery of (2S)-4-(2,5-Difluorophenyl)-N-[(3R,4S)-3-fluoro-1-methylpiperidin-4-yl]-2-(hydroxymethyl)-N-methyl-2-phenyl-2,5-dihydro-1H-pyrrole-1-carboxamide (MK-0731) for the Treatment of Taxane-Refractory Cancer" J. Med. Chem. 2008, 51, 4239.


気ままに創薬化学 2011年05月30日 | Comment(2) | ADMET・物性・特許

第 241 回 ACS の講演をオンラインで公開中


昨年の のアメリカ化学会 (ACS National Meeting) の講演の一部がオンラインで無料視聴できることを紹介してきました。そしてゴールデンウィークが明けてついに今年 2011 年の春の第 241 回 ACS の講演の一部が こちら で公開されました。

例えば、有機化学関連では以下のような演題が視聴できます。
Akira Suzuki: Cross-coupling reactions of organoboron compounds
Erick Carreira: Discovery and surprises with natural products
Olivier Baudoin: Palladium-catalyzed intra- and intermolecular arylation of unactivated C(sp3)-H bonds

また、創薬化学関連では以下のような演題が視聴できます。
James Wells: Drugging the undruggable
David Newman: Natural products as sources of and leads to drugs
Alan Main: Discovery and development of LX1031, a novel serotonin synthesis inhibitor for the treatment of irritable bowel syndrome

上で紹介した以外の演題もいくつも公開されていますので、是非一度 ACS のサイト で自分の興味にあった講演がないか探してみてください。

気ままに創薬化学 2011年05月12日 | Comment(0) | サイト・ツール・本

有機化学の高額商品を安く買う方法

有機化学関連の商品の中には高価なものもあります。特に ChemDraw などの専門ソフトウェア、分子模型、専門書などは高額ですので、できるだけ安く買いたいものです。今回、私の大学院時代の先輩に教えてもらった安く買う方法を紹介しましょう。それは、ドルやユーロで買う というものです。

例えば、ChemDraw Ultra 12.0 の価格を SciStore.com で比較すると下図のようになります。(価格は通常料金。アカデミックプライスはそれぞれ約 2/5 の価格設定です)


円に換算すると、2,330 ドル =191,060 円 (現在 1 ドル約 82 円)、1,650 ユーロ = 198,000 円 (現在 1 ユーロ約 120 円)。ドルやユーロで買えば日本円の 2/3 の価格で購入することができます。なお、発売当時 (2009 年 9 月) の為替相場でもドルやユーロで買う方が安いので、元々円の価格設定が高めのように感じます (さらに円高の影響でドルやユーロで買うと安くなっています。ちなみに同じ価格になる為替は 130 円/ドル、184 円/ユーロ)。他にも、例えば The Merck Index 14th Edition Std も米ドルで買えば 490 ドル (約 40,200 円)、日本円で買うと 63,900 円。ずいぶん安くなりますね。

さて、これまで海外の製品をドルやユーロで買うと安くなるという話を紹介してきましたが、日本製品ではどうでしょうか?例えば、日ノ本合成樹脂製作所が製作、丸善が販売している HGS 分子模型 (pdf) は大型講義用が 70,000 円、有機化学基本セットが 23,000 円です。一方、同じ丸善の海外向け直販サイトでは 大型講義用 が 500 ドル (約 41,000 円)、基本セット が 187 ドル (約 15,300 円) で購入できます。(日本向けと海外向けで商品の名前は変わっていますが、写真・内容は同じものです)

今回の情報を提供してくださった先輩は、実際に海外向け直販サイトから注文してみたそうです。商品は 大型講義用 500 ドル × 1 と 学生用 C セット 25 ドル × 2。送料は別で 7.43 ドルで合計 557.43 ドル。ちなみに、大型講義用は日本では上で述べた 70,000 円、学生用 C セットは 日本 では通常 4,000 円、大学生協でも 3,900 円だったとのこと。全部で 3 万円以上も節約できたそうです。

学生用 C セットは大学の実習や授業で使うようなものですので、もし私が大学の教員だったら 25 ドル (約 2,050 円) で大量購入して 3,900 円で学生に販売してひと儲け・・・なんてことをすると手が後ろに回っちゃいますかね、笑。・・・というのは冗談ですが、ひと儲けできそうなくらい価格差が付いてしまっている、というのが実情ではないでしょうか。

以上、ドル・ユーロで買うことで実質 1/2〜2/3 の価格で買えることもあるよという話でした。今後、有機化学の高額商品を購入する際には、ドル・ユーロで買うことも検討してみてはいかがでしょうか?ただし、送料・説明書・サポート等には違いがあるかもしれませんので、注意してくださいね。

[余談] 私の先輩が分子模型を注文したとき、英語の直販サイトで英語で日本の住所を打ち込んで注文したら、数日のうちに日本語の住所・カタカナの名前で送られてきてビックリしたそうです。段ボールも送り先票も日本語。説明書だけは英語。発送元は日ノ本合成樹脂製作所、なので英語の説明書を付けて日本から発送しているようです。

気ままに創薬化学 2011年05月04日 | Comment(0) | コーヒーブレイク