シクロブチル環をオレフィンやベンゼン環の代わりに

今回はシクロブチル環をうまく使った合成展開を 2 つ紹介します。いずれも今年の文献で Pfizer からの報告です。

1 つめはシクロブタン環をオレフィンの等価体として利用した FAAH (fatty acid amide hydrolase) inhibitor [論文1][論文2]。下図上段の化合物は PF-04457845 で以前に Pfizer が見出した臨床試験中の化合物ですが、この化合物のオレフィン部をシクロブタン環に変換し、側鎖を最適化。下段の化合物を臨床候補化合物としたそうです。


2 つめはシクロブタン環をベンゼン環の等価体として利用した H3 受容体アンタゴニスト [論文3]。下図上段の HTS hit から、新規性の獲得と平面性による遺伝毒性の懸念のため、ベンゼン環をシクロブタン環に変換。化合物モデリングの重ね合わせでは 2 つのアミンセンターがほぼ同じ距離に配置されるようです。その後、ジアミンの回避と塩基性の低減により安全性面の課題もクリアし、下段の化合物など臨床候補化合物の取得に至ったそうです。


シクロブチル環のようなシンプルなユニットでも面白い使い方があるものです。

[論文1] "Discovery of novel spirocyclic inhibitors of fatty acid amide hydrolase (FAAH). Part 1: Identification of 7-azaspiro[3.5]nonane and 1-oxa-8-azaspiro[4.5]decane as lead scaffolds" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2011, 21, 6538.
[論文2] "Discovery of novel spirocyclic inhibitors of fatty acid amide hydrolase (FAAH). Part 2. Discovery of 7-azaspiro[3.5]nonane urea PF-04862853, an orally efficacious inhibitor of fatty acid amide hydrolase (FAAH) for pain" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2011, 21, 6545.
[論文3] "Discovery of Two Clinical Histamine H3 Receptor Antagonists: trans-N-Ethyl-3-fluoro-3-[3-fluoro-4-(pyrrolidinylmethyl)phenyl]cyclobutanecarboxamide (PF-03654746) and trans-3-Fluoro-3-[3-fluoro-4-(pyrrolidin-1-ylmethyl)phenyl]-N-(2-methylpropyl)cyclobutanecarboxamide (PF-03654764)" J. Med. Chem. Article ASAP

気ままに創薬化学 2011年10月21日 | Comment(1) | 相互作用・配座・等価体

第 242 回 ACS の講演をオンラインで公開中


昨日発表のノーベル化学賞は 「準結晶の発見」 でしたね。準結晶については、すでに 化学者のつぶやき有機化学美術館 で詳しい解説がなされていますので、私からは何も述ーべることはありません。

さて、恒例のアメリカ化学会 (ACS National Meeting) のオンラインコンテンツのご紹介です。2011 年秋の第 242 回 ACS の講演の一部が こちら で 10/3 に無料一般公開されました。発表スライドと音声が同期されていますので、まるで学会発表を視聴しているかのようです。化学の勉強のみならず、きっと化学英語やプレゼンテーションの参考になると思います。

例えば、有機化学関連では以下のような演題が視聴できます。
Kian Tan: General method for controlling regio- and stereoselectivity
Tom Driver: Transition metal-catalyzed synthesis of N-heterocycles from azides: Relationship between structure and mechanism
Satoshi Omura: Microbial metabolites: 45 years of wandering, wondering, and discovering

また、創薬化学関連では以下のような演題が視聴できます。
Thomas Baillie: Drug metabolism: A critical element of contemporary drug safety assessment
Robert Vince: Acyclonucleosides to Ziagen: A journey
Roger Linington: Natural products for the 21st century: Drug development and target identification of lead compounds against African sleeping sickness

上で紹介した以外の演題もいくつも公開されていますので、是非一度 ACS のサイト で自分の興味にあった講演がないか探してみてください。

気ままに創薬化学 2011年10月07日 | Comment(0) | サイト・ツール・本

[wiley キャンペーンレビュー] ADMET for Medicinal Chemists: A Practical Guide


今年の 7 月に Wiley の最新書籍を無料でもらってレビューを書こう! という、レビュー (書評) を書いていただくことを条件に wiley 社の最新書籍を無料でもらえるというキャンペーンを開催しました。今回、『気ままに創薬化学』 部門の当選者の大軽貴典さんに ADMET for Medicinal Chemists: A Practical Guide のレビューをご執筆いただきましたので、ご紹介させていただきます。

* * * * *

ADMET for Medicinal Chemists A Practical Guide
 運良くこの本を手にすることができました。まずは感謝いたします。

 私は、コンピュータを使ってドラッグデザインをする研究員として製薬会社で日々研究しています。メディシナルケミストの方と同じ立場ではありませんが、生物系研究員ではないという点で共通しています。ですから、私の受けた印象と皆さんがこの本を読んだ時の印象は似ているのではないかと思います。以下、レビューです。

 この本はメディシナルケミスト向けにADMETの問題を解決する上で必要な知識を紹介しています。しかしながら、ADMEと比べるとT(毒性)についてはページを割いているのに一般的なところしか触れていない印象を受けました。ADMEと比べると毒性部分は所見というコメントが多く、説明することが少ないからかも知れません。また、構造とADMETを絡めて説明する記載が発がん性物質に頻出する部分構造程度と、実際の創薬プロジェクトにいくつも関わってきたメディシナルケミストの方にとっては満足できない内容ではないでしょうか?製薬会社に入って創薬でよく用いる合成法を勉強中である若いメディシナルケミストにとっては、ちょうどよい教科書だと思います。以降、パートごとにレビューします。

 第1章はADMEについての概論です。最近ADMEに関する英語論文を読んでおらず専門用語を辞書を引き引き確認しました。こんなに引いたのは久しぶりでした。ここでちゃんと調べておかないと他の章を読むときに苦しむと思ったからなのですが、結局他の章を読むときにはそれほど出てきませんでした。この章を読むのに時間がかかりましたが、内容はADMEに関する日本語の本を持っていれば十分に書いてある内容だけでしたので、すでに読んだことのある人はわざわざ読まずにとばして結構だと思いました。

 第2章は、in silico ADME/Tox PREDICTIONS。これは私の専門分野でしたのでじっくり読みました。モデル式は数多くの論文で報告されておりここでもいろいろ紹介しています。一部でモデル式を載せていることがありますがこれがベストでない(少なくとも自分の経験でそう思っています)ので、そこは割り引いて読む必要があります。メディシナルケミストにとってこの章で重要なことは、物性パラメータである程度相関が認められると再認識することではないかと思います。私のような立場の方はちゃんと手元のデータセットに対して構造を見てどれくらい構造の多様性があるのかを確認した上で基本的な物性パラメータである分子量やPSA, logP, logD, HBA, HBDなどとADMET指標の関係を散布図で見ていく。もしモデル式を作るのなら、用いる物性パラメータ間の相関も考慮しなるだけデータセット内で振れている物性パラメータを利用するように心がけることが必要です。が、こうしたことについても触れられていません。
 私がこの章で驚いたのは、物性パラメータ推算ソフトをきちんとリストアップしているところです。例えば、logPならHINT ( http://www.edusoft-lc.com )、OsiriusP ( http://www.actelion.com )、pKaならCS pKa ( http://www.compudrug.com )、VCCLAB ( http://vcclab.org )です。知らない製品もありますし、一部は無償で使えるので研究室で推算ソフトが使えない方は調べてみてはどうかと思いました。
 この章の最後に無償で入手できる化合物データベースも一覧になっています。モデル構築のためには多くの化合物情報があると有用です。ここにも知らないデータベースがありました。ここだけでも参考になります。無償データベース一覧のみ抜粋いたします(Table参照)。このあたりはそれぞれの会社の分子設計グループ・インフォマティクスグループにはおいしい情報です。

 in silico創薬のアプローチで見ると、この2章と11章を合わせて読む必要があります。残念ながらMMPA (Matched Molecular Pair Analysis)という最近注目されている解析手法が紹介されていませんでした。論文と違って書籍なので最新情報をまとめることはやはり難しいようですね。

 この本の後半に毒性の章があります。毒性に関する部分だけでも4章分使っています。この毒性のパートまでまだきちんと目を通せていませんが感想を述べたいと思います。
ADMEと合わせて毒性に関しても記載されているのは大変良いことだと思いましたが、すべての毒性について記述されているわけではありません。光毒性や反応性代謝物といった最近の医薬品に求められている安全性については記述がありません。肝毒性、遺伝毒性、hERG阻害といった代表的な毒性について丁寧に触れているという印象です。
 ADMETに関して情報を知りたい方はこの本を読まれた後、MMPA (Matched Molecular Pair Analysis)やメドケム向けの毒性に関する総説も読まれると良いと思います。
MMPA:
Leach, A.G. et al., Matched Molecular Pairs as a Guide in the Optimization of Pharmaceutical Properties; a Study of Aqueous Solubility, Plasma Protein Binding and Oral Exposure, J. Med. Chem., 2006, 49, 6672-6682.
Gleeson, P. et al., ADMET rules of thumb II: A comparison of the effects of common substituents on a range of ADMET parameters, Bio. Med. Chem., 2009, 17, 5906-5919.
メドケム向けの毒性に関する総説:
Smith, G.F. Designing Drugs to Avoid Toxicity, Progress in Med. Chem., Vol.50, pp.1-47.
Stepan, A.F. et al., Structural Alert/Reactive Metabolite Concept as Applied in Medicinal Chemistry to Mitigate the Risk of Idiosyncratic Drug Toxicity: A Perspective Based on the Critical Examination of Trends in the Top 200 Drugs Marketed in the United States, Chem. Res. Toxicol., 2011, ASAP.

Table. Free Chemistry Databases
DatabaseURL
ACToRhttp://actor.epa.gov/actor/faces/ACToRHome.jsp
AKoshttp://www.akosgmbh.de/AKosSamples/index.html
Allergen Atlashttp://tiger.dbs.nus.edu.sg/ATLAS/
Animal Toxin Databasehttp://protchem.hunnu.edu.cn/toxin/index.jsp
Brendahttp://www.brenda-enzymes.info/
Biometahttp://biometa.cmbi.ru.nl/
ChEBIhttp://www.ebi.ac.uk/chebi/
ChemBankhttp://chembank.broad.harvard.edu/
ChemSpiderhttp://www.chemspider.com
ClanToxhttp://www.clantox.cs.huji.ac.il/
Ditophttp://bioinf.xmu.edu.cn/databases/ADR/index.html
DSS Toxhttp://www.epa.gov/ncct/dsstox/index.html
DrugBankhttp://www.drugbank.ca/
DUDhttp://dud.docking.org/
eMoleculeshttp://www.emolecules.com/
EMBL Databaseshttp://www.ebi.ac.uk/FTP/
HaptenDBhttp://www.imtech.res.in/raghava/haptendb/
Human Metabolome Databasehttp://www.hmdb.ca/
Ligand Expohttp://ligand-expo.rcsb.org/
LigandInfohttp://www.ligand.info/
MDPIhttp://www.mdpi.org/molmall/
Metabolic Site Predictorhttp://www-ucc.ch.cam.ac.uk/msp/htdocs/
MMsINChttp://mms.dsfarm.unipd.it/MMsINC.html
MDSIhttp://www.msdiscovery.com/downloads.html
US NCI Databasehttp://cactus.nci.nih.gov/ncidb2/download.html
US National Toxicology Programhttp://ntp.niehs.nih.gov/
PubChemhttp://pubchem.ncbi.nlm.nih.gov/
Querychemhttp://llama.med.harvard.edu/~jklekota/QueryChem.html
Relibasehttp://www.ccdc.cam.ac.uk/free_services/free_downloads/
Screening Browserhttp://cimlcsext.cim.sld.cu:8080/screeningbrowser
SuperNatural Databasehttp://bioinformatics.charite.de/supernatural
SuperDrughttp://bioinf.charite.de/superdrug/
SuperHaptenhttp://bioinformatics.charite.de/superhapten/
SuperLigandshttp://bioinformatics.charite.de/superligands/
SuperToxichttp://bioinformatics.charite.de/supertoxic/
TimTechttp://www.timtec.net/
TOXNEThttp://toxnet.nlm.nih.gov/
Toxicity Datasetshttp://cheminformatics.org/dataaset/index.shtml#tox
UCI ChemDBhttp://cdb.ics.uci.edu/
VITIChttp://www.lhasalimited.org/index.php?cat=2&sub_cat=72
ZINChttp://zinc.docking.org/

大軽貴典(@garuby)


気ままに創薬化学 2011年10月05日 | Comment(0) | サイト・ツール・本

結晶構造に見られるピリジン環 2 位置換基の配座

ピリジン環 2 位置換基のユニークな配座 (コンホメーション) の例としてこれまでに ヘテロ芳香族エーテルのコンホメーションピリジン窒素でアミドの向きを制御する を紹介しましたが、これらの結果は計算によるものですので、一部の方には受け入れがたいものだったかもしれません。ときどきコンホメーション計算をする私でさえ、前者の記事中で 「論文中のデータはすべて計算のみ。個人的には単結晶の X 線構造解析とか NMR 解析とか実測のデータと併せて議論して欲しかったところですが…」 とコメントを書いています。

実はありました、X 線構造解析に基づいて優先配座を抽出している論文が (上の論文のリファレンスには挙げられていなかったのですが)。そのタイトルは "Small Molecule Conformational Preferences Derived from Crystal Structure Data. A Medicinal Chemistry Focused Analysis" [論文]

CSD (Cambridge Structural Database) から 2-アルコキシピリジン構造をもつ化合物を抽出してそのねじれ角をヒストグラムにしたものが下図。やはりアルコキシ基のローンペアとピリジン環のローンペアが反発して逆向きになった配座が優先するようです。この結果は ヘテロ芳香族エーテルのコンホメーション と同じ結果ですね。ただし、酵素との相互作用でピリジン環が水素結合している場合は、ローンペアがつぶされている状態なので、他の配座になることもあるので注意とのこと。


上のようなヒストグラムなど詳細なデータはありませんが、他のピリジン環 2 位置換基の優先配座についても報告されています。下図下段のアルコキシメチル基でも酸素と窒素のローンペアが反発した配座が優先するようで、上段のアルコキシ基と酸素の位置が 1 つずれただけで配座が大きく変わっていることに注意が必要です。


下図のようにアシル基やアシルアミノ基をもつものでも、酸素と窒素のローンペアが反発した配座が優先。特にアシルアミノ基の方は CSD で強く支持される優先配座だそうです。この結果は ピリジン窒素でアミドの向きを制御する と合致していますね。


最後の下図の 2 つは珍しく cis 型のアミドやウレアが優先するケース (参考 : 芳香族 N-メチルアミドの cis 型優先性)。下図上段では trans アミドではどちらを向いても酸素と窒素のローンペア反発があるため cis が優先。下図下段では分子内水素結合によって安定化。ただし、これらの場合も酵素との水素結合がある場合には別の配座になることもあるので注意が必要とのこと。


以上、結晶構造に見られるピリジン環 2 位置換基の優先配座をご紹介しました。論文にはこれら以外にも多数の優先配座が紹介されていますし、単結晶と共結晶 (酵素中) の配座の比較もなされています。もちろん結晶中の配座が活性コンホメーションや溶液中の配座に必ずしも一致するとは限りませんが、ドラッグデザインのインスピレーションや構造活性相関解析の一助になるのではないでしょうか。

[論文] "Small Molecule Conformational Preferences Derived from Crystal Structure Data. A Medicinal Chemistry Focused Analysis" J. Chem. Inf. Model. 2008, 48, 1.

気ままに創薬化学 2011年10月03日 | Comment(0) | 相互作用・配座・等価体