芳香環を飽和環にして溶解性を上げる

今回は芳香環を飽和環にすることで溶解性の大幅な改善に成功した例を 2 つ紹介します。

まずは、Amgen の TRPV1 antagonist。下図左の化合物のナフトール環をテトラヒドロナフトール環にすることで、活性を維持したまま溶解性が向上。特に PBS (pH 7.4) への溶解度は <0.0001 mg/mL から 0.023 mg/mL まで改善したそうです。


次は武田薬品の hedgehog signaling inhibitor。下図のように縮環のベンゼン環を飽和環にしたところ、JP2 (pH 6.8) への溶解度が 10 倍改善したそうです。


上記で紹介した例は、奇しくも 芳香環は 3 つまで! sp3 炭素の割合を増やせ! の知見と合致していて、芳香環 4 つの化合物を 3 つにすることで溶解性が改善しています (もちろん sp3 炭素の割合も増加)。「化合物の顔」 や 「どの芳香環を飽和環にするか」 によって、溶解度が改善する場合もあればしない場合もあるとは思いますが、芳香環を飽和環にするというアプローチは溶解度改善策の一手として使えそうですね (上記の例を見ると平面性が高い分子に有効な方法でしょうか?)。

[論文1] "4-Aminopyrimidine tetrahydronaphthols: A series of novel vanilloid receptor-1 antagonists with improved solubility properties" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2008, 18, 1830.
[論文2] "Discovery of the investigational drug TAK-441, a pyrrolo[3,2-c]pyridine derivative, as a highly potent and orally active hedgehog signaling inhibitor: Modification of the core skeleton for improved solubility" Bioorg. Med. Chem. 2012, 20, 5507.
[関連] 芳香環を飽和環にして結晶性を低下、溶解度を向上 (メドケム日記)

気ままに創薬化学 2012年12月21日 | Comment(0) | ADMET・物性・特許

Zn(SO2R)2 を用いた含窒素芳香環の C-H 官能基化反応

今年の 1 月に 芳香族 C-H トリフルオロメチル化反応、その他の C-H 官能基化反応 という記事で、Baran らの NaSO2CF3 と tBuOOH を用いた CF3 化反応 [論文1] や Zn(SO2CF2H)2 とtBuOOH を用いた CF2H 化反応 [論文2] を紹介しましたが、今週の Nature では Zn(SO2R)2 とtBuOOH を用いたより幅広い C-H 官能基化反応 [論文3] が報告されました。 


(上図は Baran 研の HP から引用)

Zn(SO2R)2 とtBuOOH からラジカル種を介して C-H 官能基化反応が進行するようで、上記の CF3 化で用いた Na 塩よりも Zn 塩の方が安定性と反応性の両面で優れていたとのことです。R として CF3、CF2H、CH2CF3、CH2F、CH(CH3)2、(CH2CH2O)3CH3 が用いられており、非常に温和な条件でこれらの官能基を導入することに成功しています (現在 R として CH2Cl、CH2CO2Me、cyclohexyl、C6F13 などの perfluooaklyl を検討中)。すでに Pfizer のメディシナルケミストリーで試験的に使われてるそうで、これから他の製薬企業でも使われるようになるのではないでしょうか。

◆ 論文に挙げられていた反応の特徴の一部
・ R が CF3、CF2H、CH2CF3、CH(CH3)2 の Zn(SO2R)2 試薬は Aldrich で市販されている。
・ 反応条件がマイルドで官能基許容性が高い (ニトリル、ケトン、エステル、ヘテロアリールハライド、カルボン酸、ボロン酸エステルなど)。
・ 論文で合成した 52 化合物中 50 化合物は Baran らが最初の合成法の報告であり、従来の方法では合成困難な化合物をこの方法で作ることができる。
・ 求核的なラジカル (R=CH(CH3)2) と電子豊富な基質 (pyrrole) とでは収率悪い。

◆ 創薬化学で使うときにはこんな点が問題になるかも、と思ったこと (個人的感想)
・ R が Me や Et の例は挙げられていない。(これらの置換基の導入には別の合成法が必要か)
・ 位置異性体が生じた場合に分離困難な場合もありそう。(反応点が 1 ヶ所の基質ならいいけど)
・ 求核的なラジカル (R=CH(CH3)2) と求電子的なラジカル (R=CF3) では反応位置が異なる場合もあるので、ある位置に CH(CH3)2 を導入したものと、同じ位置に CF3 を導入したもの両方を作りたくてもできない場合もあると思われる。

何はともあれ、こうした新反応の開発によって、合成できる化合物のケミカルスペースが広がるのは喜ばしいことです。また、官能基許容性が高いので、late stage での官能基化が可能かもしれない点も創薬化学者には嬉しいですね。

[論文1] "Innate C-H trifluoromethylation of heterocycles" PNAS 2011, 108, 14411.
[論文2] "A New Reagent for Direct Difluoromethylation" J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 1494.
[論文3] "Practical and innate carbon–hydrogen functionalization of heterocycles" Nature 2012, 492, 95.

気ままに創薬化学 2012年12月09日 | Comment(0) | 合成化学