前回の記事 メトキシ基がエチル基とほぼ同じになるとき でピラジン環など電子求引性のヘテロ環に結合したメトキシ基は、水素結合受容能がなく脂溶性も高くエチル基とほぼ同じ性質になっているという話を紹介しました。ただ、コンホメーションに関してはメトキシ基とエチル基では大きく異なるかもしれません。
Spartan 04 (DFT method, RB3LYP/6-31G* basis set) を使ってのコンホメーション解析。下図上段の2-メトキシピリジンでは、ピリジン環の窒素とメトキシ基の酸素のローンペア反発が大きく効いています。下図中段や下段のようなピリダジンやピリミジン、ピラジン系化合物でも同様に、ヘテロ環の窒素とメトキシ基の酸素のローンペア反発が効いてきます。ちなみに Sharpless の不斉ジヒドロキシ化に用いられる AD-mix の (DHQ)2PHAL や (DHQD)2PHAL でもこのコンホメーション効果の寄与が大きいそうです。
興味深いのは、下図一段目二段目のようにフラン環やチオフェン環ではローンペアの反発が効いてこないところです。この理由としては "possibly because the lone pair at O of furan and that at S of thiophene are held more tightly (i.e., lower-energy nonbonding orbital) than is the case for N of pyridine and related N-heteroaromatic structures." だそうです。下図三段目四段目のようにオキサゾールやチアゾールでも、やはりメトキシ基のローンペアは N と逆であり O や S とは同じ向きが安定配座になっています。つまり、ヘテロ芳香族エーテルに関してローンペア反発は N には効いてくるが O や S には効いてこないということのようです。
ちなみにこの傾向はヘテロ芳香族エーテルだけでなく、他の化合物にも当てはまるらしく、下図上段の2,2'-ビピリジンではローンペア反発が効いてくるのに対して下段の1,2-ジメトキシベンゼンではローンペア反発が効いてこないようです。ちなみに1,2-ジメトキシベンゼンの安定配座にはアノマー効果 (n→σ*) の寄与もあるかも、という雰囲気。
ヘテロ芳香族エーテルのコンホメーション、シンプルながら思ったよりも奥が深そうです。こうした構造を薬の分子に組み込むときにはコンホメーション変化に注意・利用したいですね。(なお、上記の結果含めて論文中のデータはすべて計算のみ。個人的には単結晶の X 線構造解析とか NMR 解析とか実測のデータと併せて議論して欲しかったところですが…)
[関連] ヘテロ芳香族エーテルのコンホメーション [実例] (気ままに創薬化学)
[論文] "Strong Conformational Preferences of Heteroaromatic Ethers and Electron Pair Repulsion" Org. Lett. 2010, 12, 132.