Roche 社内化合物のうち、水素原子をフッ素原子に置き換えた分子のペア 293 組の log D の変化を調べたところ、平均するとおよそ 0.25 程度 log D が上昇するという結果が得られました。しかしながら個別に見ると log D が低下しているペアも結構な数が存在していることがわかったのです。そして log D が低下した化合物には共通した部分構造があり、それが下図の 6 つの構造だそうです。どれもフッ素原子が酸素原子から 2〜3 炭素離れた位置にあるような構造ですね。

私の経験上もこの部分構造をもつフッ素置換で log P が 0.7 も低下してびっくりしたことがあります。そうした場合には代謝抵抗性を上げながら脂溶性を下げるという一挙両得な構造変換になりえます。上図の構造からフッ素を除いた部分構造で合成展開している場合には、上図の位置にフッ素を入れてみるのもいいかもしれません。
最後に 「なぜ上図の構造だと脂溶性が下がるのか」 についてですが、残念ながら完全にはわかっていないそうです。ただ、コンフォメーション解析の結果、酸素とフッ素の距離が 3.1 Å 以下の安定コンフォメーションを 1 つ以上もつこと、また量子化学計算の結果、フッ素を入れることでクロロホルム中よりも水中での溶媒和が促進されるということから、分子全体あるいは酸素原子の極性が上がって脂溶性が低下しているのではないか、という一応の説明がなされています。上図以外の構造やフッ素以外で同じ効果が期待できるものはないのでしょうか、ちょっと気になるところです。
[論文] "Fluorine in Medicinal Chemistry" ChemBioChem, 2004, 5, 637.
ちょうど今扱っている構造にエーテル結合があり、しかもcLogPを下げようとしているところなので、Fを導入できないか考えてみたいと思いとおもいます。ただ、酸素原子の近くにフッ素原子を導入するとコンホメーションが変化して活性にも影響してきそうですが。まあ、良いほうに転べばOKなんですがね。
いつもコメントありがとうございます!活性保持するといいですね。
教えていただきたいことがあるのですが、フッ素を導入すると脂溶性が上昇するとよく書かれていますが、何故そうなるのですか?
フッ素だけではありませんが、なぜ脂溶性がそう変化するのかについて厳密な説明をするのは難しいと思います。基本的には経験的なものではないでしょうか。
[関連] メトキシ基がエチル基とほぼ同じになるとき
http://medchem4410.seesaa.net/article/156249878.html
フッ素に関しては、経験的に芳香族フッ化物では脂溶性が上がりやすく、脂肪族フッ化物では脂溶性が下がることもあるように思います。脂肪族で脂溶性が下がるのはおそらくフッ素の強い電子求引性による双極子モーメントの増加の影響かと思います。フッ素の近傍に塩基性基・酸性基がある場合には pKa への影響なども考慮する必要があります。
もしフッ素が二つ付いた2,6-フルオロフェニル基になった場合、どうなるかについても気になるところです。