「環化させるだけで脂溶性は下がる」 というのは、実は有機合成をやっている人なら誰しも経験的に知っていることだと思います。例えば、ジエチルエーテルを環化させたテトラヒドロフランは、エーテルよりも沸点が高く水に溶けやすいですよね。ClogP を比較すると、約 0.34 小さくなっています。酢酸エチルと環化させたγ-ブチロラクトンを比較すると、ブチロラクトンの方が沸点が約 130 ℃も高く、水への溶解度も酢酸エチルが 8.3 g/100 mL (20℃) に対してブチロラクトンは混和性です (wikipedia)。ClogP を比較すると約 1.5 も小さくなっています。極性官能基を持たないノルマルヘキサンとシクロヘキサンを比較しても、環化体の方が沸点が高く脂溶性が低くなっています。(ClogP の値は ChemDraw の計算値ですが、これくらい単純な分子だとそこそこ正確な値だと思っています)

では、なぜ 「環化させるだけで脂溶性は下がる」 のでしょうか?
私は主に次の 3 つの効果があると思います。
(1) 環化させることで非極性表面積が減少する
(C-H H-C → C-C のため。分子がコンパクトになるため)
(2) 環化させることで極性表面積が増加する
(極性官能基がむき出しになるため tPSA は変わらなくても PSA は増加している)
(3) 環化させることで双極子モーメントが大きくなる
(極性官能基の配座固定や配座変化のため)
非極性表面積 (NPSA)、極性表面積 (tPSA ではなく PSA)、双極子モーメントは計算化学ソフトで計算できますので、興味ある方はやってみてください。ヘキサンの沸点については、環化することで分子同士の接触面積が大きくなり分子間力が大きくなるという影響が大きいように思われます (Cycloalkane-Wikipedia)。
簡単な分子の環化前と後の ClogP を並べてみました。やはり環化すると脂溶性が下がる傾向がありそうです (下図ではすべての分子で脂溶性が下がっています)。脂溶性を実測している方は、ぜひ環化体と非環化体の脂溶性を比較してみてください。おそらくほとんどの分子で環化体の方が脂溶性が低いと思います (ただし、ペプチドなどの環化で分子内水素結合によって極性官能基が相殺されて脂溶性が向上する場合を除く。あくまで小さい環化で、炭素と炭素で結ぶ場合です)。

[注意] 冒頭に記述しましたが今回の記事は私の個人的な見解です。もし誤りやお気づきの点があればコメント欄でお知らせください。この記事は次回の記事にもつながる予定です。
コメントありがとうございます!興味をもっていただいたようで、嬉しく思います。hira さんのご期待に添えるかどうかはわかりませんが、続きの記事を書きましたので、もしよければご覧ください。
増炭して脂溶性が下がるケース (1)
http://medchem4410.seesaa.net/article/272481057.html
分子間力が大きくなると、脂溶性が高くなるのでしょうか?
ヘキサン→シクロヘキサンについては、以下のように考えています。
・脂溶性…環化させることで非極性表面積が減少するため
・沸点…環化することで分子同士の接触面積が大きくなり分子間力が大きくなるため
これが正しいかはわかりませんが。もし他の考えがあればご指摘ください。
なるほど。失礼しました。少し読み間違えていました。
・脂溶性…環化させることで非極性表面積が減少するため
私も納得同意見です。
・沸点…環化することで分子同士の接触面積が大きくなり分子間力が大きくなるため
少し難しいですね。確かにReferされてるWikiにはそう書いてありますね。ロンドンの分散力とか言われますと、分野が違うので、そっか、そういうもんかとなってしまいますね。
でも直感的には、環化すると分子同士の接触面積は小さくなりそうな気がするんだけどなぁ。論理的には納得、感覚的にはむむ。という感じです。
気ままにさんはよく勉強なさってますね!
確かに分子の「表面積」はシクロヘキサンよりもノルマルヘキサンの方が大きいです。しかし、ノルマルヘキサンは回転可能な結合が多いため構造はフレキシブルなのに対して、シクロヘキサンは環状なためよりリジッドな構造です。シクロヘキサン分子同士がべったり接触するには相当なエントロピーロスが生じるのではないでしょうか。なので、分子同士の「接触面積」はシクロヘキサンの方が大きくなる、そういう意味だと私は理解しています(正しいかはわかりませんが)。
いえ、私はまだまだ勉強したいことがたくさんありますし、知らないことだらけです。もし面白い知見(公知情報)などご存知でしたら教えてくださいね。