増炭して脂溶性が下がるケース (1)

増炭する、つまり炭素数を増やすと、基本的に脂溶性は上がります。私の感覚では、分子によりますが、1 炭素増やすごとに ClogP は 0.5 程度増えるのが一般的なように思われます。しかし、先週紹介した 環化させるだけで脂溶性は下がる という性質を上手く利用すると、増炭しても脂溶性が下がるケースがあるのです。

・・・と書くと、きっと 『環化するように増炭する場合』 と予想されたと思います。いくつか簡単な分子を見てみましょう。下図に 1 炭素増やしながら環化させる構造変換と ClogP を並べてみました。


1 炭素増やしながら環化させる前後で脂溶性はほぼ同等程度と言えそうです (ClogP ですが単純な分子なのでそこまで大きくはずれていないと思っています)。脂溶性を上げたくないけど増炭したい場合には有用な手法となるかもしれません。ただ、環化させることで増炭による ClogP の増加は抑えられていますが、脂溶性を下げるとまでは言えません。

では、増炭して脂溶性が下がる場合というのはどのような場合でしょうか?

環化による脂溶性低下効果が環 1 つで足りないならば環 2 つにすればいいのです。つまり、『2 つ環化するように増炭する場合』 です。例えば、『環構造をさらに小さくしばるように増炭する場合』。文献記載の実測 logP 値なども交えて 3 つ紹介します。

下図、Merck の orexin receptor antagonist では、ジアゼパンに 1 炭素加えたジアザビシクロオクタンの方が実測 logP が下がっています [論文1]。この変換により、ヒト・ラットでの血漿タンパク結合率が低下し、ラットでの中枢移行性が向上しています。


また、ベンゼン、シクロブタン、ビシクロペンタン で紹介した Pfizer の Hsp90 inhibitor において、シクロブタン環に 1 炭素加えたビシクロペンタン化合物は clogP が 0.3 下がっています (clogP は論文記載の値)。この変換により、代謝安定性が改善しています。


さらに、オキセタンの創薬化学 の [論文4] では、種々の 6 員環アミンを、1 炭素増炭したスピロアゼチジンへ変換していますが、ピペラジンやモルホリン誘導体ではスピロアゼチジン化合物の方が塩基性が向上し脂溶性が下がるという結果になっています。


このように、『環構造をさらに小さくしばるように増炭する場合』、環化が 2 つ起こることになるため脂溶性低下効果が大きく、増炭しても脂溶性が下がることがあります (解釈は私の個人的見解です。データは上記各文献より)。

他に 『2 つ環化するように増炭する場合』 として、例えば下記のような構造変換も考えられ、やはり ClogP は下がりました。ただ、このような構造変換は創薬化学でそれほど頻度が高いものではないように思われます。


以上、『2 つ環化するように増炭する場合』、増炭して脂溶性が下がることもあるよ、という話でした。ところで、他にも増炭して脂溶性が下がるケースがあるのですが、ご存知でしょうか? 近日中に 増炭して脂溶性が下がるケース (2) を予定しています。

[論文1] "Design and synthesis of conformationally constrained N,N-disubstituted 1,4-diazepanes as potent orexin receptor antagonists" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2010, 20, 2311.

気ままに創薬化学 2012年05月29日 | Comment(4) | ADMET・物性・特許
この記事へのコメント
 いつも参考にさせて頂いております。
ClogP計算の中身(アルゴリズム)ってどうなっているんだろうかと、ことあるごとに思います。私の場合、所詮計算値だと、一歩引いて見てしまいます。もちろん脂溶性が下がるという計算結果が出て悪い気はしませんが、実際の脂溶性はどうなんだろうかと。

 ところで、オキセタンやモルホリンが登場したので、私の経験を一つご紹介。といっても、炭素数は増えないのですが。
 ただのモルホリンと、N-メチル−3−アミノオキセタンとでは、炭素数が同じながら後者の方がClogPが小さいです。ところが、後者のメチル基をシクロヘキシル基に変更したものと、モルホリンの3位にシクロヘキシル基をスピロ環化した化合物(1−アザー4−オキサースピロ[5.5]ウンデカン)とでは、これまた炭素数が同じながら、スピロ化合物(すなわちモルホリン体)のほうがClogPが小さくなります。まあ、実際の脂溶性(たとえばLogD7.4)がどうなるのかは知りません。所詮計算値です。たまたまうまくプログラムを騙せただけなのかもしれません。
Posted by chemko at 2012年06月04日 02:26
> chemko さん
いつもコメントありがとうございます。

ClogP計算のアルゴリズムですが、手元に出典がありませんので要確認ですが、ChemDrawはBioByteのアルゴリズムを使っていて、フラグメントのデータベースと部分構造のデータベースの組み合わせで出していたように思います(細かいアルゴリズムはわかりませんが)。

確かにClogPでは細かい数字までは議論できないと私も思います。ClogPだけでは説得力がないので、本文でも実測LogPの例(文献情報)を2つ入れておきました。実用的かどうかは場合によると思いますが、これで「増炭して脂溶性が下がることもあるよ」という結論は支持されると思っています。

Chemkoさんにご提示いただいたモルホリンとオキセタンの例ですが、私がChemDrawで計算したところ、メチルもシクロヘキシルも両者ともモルホリンの方がClogPは小さかったのですが…? 計算はChemDrawでしょうか?
Posted by 気ままに創薬化学 at 2012年06月05日 01:13
ClogPの計算は、ChemDrawではありません。
社内の計算ソフトです。それと、ウェブサイトOrganicChemistryPortal (OCP) のChemistryToolsでも確かめました。ちなみに、OCPでの計算結果は、オキセタンアミンーメチル(-0.29), c-hex(1.3);ただのモルホリン(-0.17), スピロタイプ(1.16)でした。
ちゃんと構造を伝えることができていれば良いのですが。。

ところで、以下は炭素が一つ増えるのにClogP(社内での計算)が減った例です。
唯のベンズイミダゾールは、唯のN-メチルベンズイミダゾールよりClogPが低いです。ところが、私が扱っていたベンズイミダゾールを含む化合物の場合、あくまでも計算上ですが、N-メチルベンズイミダゾール体のほうがClogPが低くなりました。そのベンズイミダゾールは水素結合ドナーとして分子内水素結合をしていると予想されておりまして、N-メチル化すると分子内水素結合が切れ、分子の平面性が崩れると考えられました。
さて、ここまで読ませておいてなんですが、念のためOCPで確認したところ、、、唯のN-メチルイミダゾール (1.48)のほうが、唯のイミダゾール (1.62)よりClogPが低かったです(苦笑)。アルゴリズムが違うようです。

とはいえ、N-メチルベンズイミダゾールの例は、炭素数が増えるのにClogPが減るという意味では、今回の記事に沿うのでは?(笑)
Posted by chemko at 2012年06月07日 01:34
> chemko さん
OrganicChemistryPortalのChemistryTools、初めて使いました。確かに仰るとおりのcLogPになりますね。ChemDrawとはアルゴリズムか登録されているフラグメントが違うのでしょうか。cLogPはあくまで計算値ですので、このブログでは、できるだけ実測LogPのデータも含めたものを紹介していくつもりです。

ベンズイミダゾールや分子内水素結合の話、まさに「増炭して脂溶性が下がるケース (2)」で取り上げる予定の題材です!もう紹介する必要がないかも…と思ってしまうくらいの合致です。予告してしまったので、一応書く予定ですが、Chemkoさんには何も新しいことはない記事になってしまうと思います。苦笑
Posted by 気ままに創薬化学 at 2012年06月08日 00:58
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