オキサジアゾールは 1,3,4 が 1,2,4 よりも低脂溶性

組成式が同じ異性体でも、ヘテロ原子や官能基の配置によって脂溶性が大きく変化することがあります。

例えば AstraZeneca の 2012 年の JMC [論文1] のオキサジアゾールの事例。下図のように、1,3,4-オキサジアゾールと 1,2,4-オキサジアゾール誘導体のペアを比較したところ、総じて 1,3,4 の方が脂溶性が低く、代謝安定性が高く、hERG 阻害が弱く、溶解性が優れているという結果でした。


脂溶性の違いの原因として、1,3,4 の方が双極子モーメントが大きく、2 つの窒素原子の水素結合受容能が高いという計算結果が示されています。

予想以上に低脂溶性 2H-quinolizin-2-one で紹介したピリドンの異性体の脂溶性の違いも、おそらく双極子モーメントや水素結合受容能の影響によるものではないかと個人的には思っています (下図 logP は Exploring Qsar より、clogP は ChemDraw より)。


[論文1] "Oxadiazoles in Medicinal Chemistry" J. Med. Chem. 2012, 55, 1817.

気ままに創薬化学 2012年06月28日 | Comment(0) | ADMET・物性・特許

増炭して脂溶性が下がるケース (2)

増炭して脂溶性が下がるケース (1) では、2 つ環化するように増炭する場合、増炭して脂溶性が下がることもあることを紹介しました。

今回はもうひとつのケースを取り上げるのですが、鍵となるのは 環化させるだけで脂溶性は下がる の後半で書いた 「分子内水素結合によって極性官能基が相殺されて脂溶性が向上する」 という言葉です。逆に言えば、分子内水素結合を切れば、増炭しても脂溶性が下がることもあるのです。

2010 年の JMC [論文1] によると、下図のように分子内水素結合を切るような形で増炭 (N-メチル化) すると、実測 logD が低下するそうです。


脂溶性以外の変化が大きすぎるので脂溶性を下げる方法としては実用的ではないと思いますが、分子内水素結合によって極性官能基が相殺されて脂溶性が増加するということは頭の片隅に入れておいてもいいと思います (ちなみに clogP では分子内水素結合の効果はうまく評価できていないそうです。論文では他にもコンホメーションや溶解性なども含めて深く議論されています)。

より実践的な分子内水素結合の利用例は 分子内水素結合による中枢移行性の向上オルト位フッ素でアミドの向きを制御する などでしょうか。

[論文1] "Intramolecular Hydrogen Bonding in Medicinal Chemistry" J. Med. Chem. 2010, 53, 2601.

気ままに創薬化学 2012年06月17日 | Comment(5) | ADMET・物性・特許

増炭して脂溶性が下がるケース (1)

増炭する、つまり炭素数を増やすと、基本的に脂溶性は上がります。私の感覚では、分子によりますが、1 炭素増やすごとに ClogP は 0.5 程度増えるのが一般的なように思われます。しかし、先週紹介した 環化させるだけで脂溶性は下がる という性質を上手く利用すると、増炭しても脂溶性が下がるケースがあるのです。

・・・と書くと、きっと 『環化するように増炭する場合』 と予想されたと思います。いくつか簡単な分子を見てみましょう。下図に 1 炭素増やしながら環化させる構造変換と ClogP を並べてみました。


1 炭素増やしながら環化させる前後で脂溶性はほぼ同等程度と言えそうです (ClogP ですが単純な分子なのでそこまで大きくはずれていないと思っています)。脂溶性を上げたくないけど増炭したい場合には有用な手法となるかもしれません。ただ、環化させることで増炭による ClogP の増加は抑えられていますが、脂溶性を下げるとまでは言えません。

では、増炭して脂溶性が下がる場合というのはどのような場合でしょうか?

環化による脂溶性低下効果が環 1 つで足りないならば環 2 つにすればいいのです。つまり、『2 つ環化するように増炭する場合』 です。例えば、『環構造をさらに小さくしばるように増炭する場合』。文献記載の実測 logP 値なども交えて 3 つ紹介します。

下図、Merck の orexin receptor antagonist では、ジアゼパンに 1 炭素加えたジアザビシクロオクタンの方が実測 logP が下がっています [論文1]。この変換により、ヒト・ラットでの血漿タンパク結合率が低下し、ラットでの中枢移行性が向上しています。


また、ベンゼン、シクロブタン、ビシクロペンタン で紹介した Pfizer の Hsp90 inhibitor において、シクロブタン環に 1 炭素加えたビシクロペンタン化合物は clogP が 0.3 下がっています (clogP は論文記載の値)。この変換により、代謝安定性が改善しています。


さらに、オキセタンの創薬化学 の [論文4] では、種々の 6 員環アミンを、1 炭素増炭したスピロアゼチジンへ変換していますが、ピペラジンやモルホリン誘導体ではスピロアゼチジン化合物の方が塩基性が向上し脂溶性が下がるという結果になっています。


このように、『環構造をさらに小さくしばるように増炭する場合』、環化が 2 つ起こることになるため脂溶性低下効果が大きく、増炭しても脂溶性が下がることがあります (解釈は私の個人的見解です。データは上記各文献より)。

他に 『2 つ環化するように増炭する場合』 として、例えば下記のような構造変換も考えられ、やはり ClogP は下がりました。ただ、このような構造変換は創薬化学でそれほど頻度が高いものではないように思われます。


以上、『2 つ環化するように増炭する場合』、増炭して脂溶性が下がることもあるよ、という話でした。ところで、他にも増炭して脂溶性が下がるケースがあるのですが、ご存知でしょうか? 近日中に 増炭して脂溶性が下がるケース (2) を予定しています。

[論文1] "Design and synthesis of conformationally constrained N,N-disubstituted 1,4-diazepanes as potent orexin receptor antagonists" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2010, 20, 2311.

気ままに創薬化学 2012年05月29日 | Comment(4) | ADMET・物性・特許

環化させるだけで脂溶性は下がる

今回は文献紹介ではなく、私の自由研究というか個人的見解を紹介します (もし誤りなどあればコメント欄でご指摘ください)。結論から言うと、「(炭素と炭素で) 環化させるだけで脂溶性は下がる」 ということです。

「環化させるだけで脂溶性は下がる」 というのは、実は有機合成をやっている人なら誰しも経験的に知っていることだと思います。例えば、ジエチルエーテルを環化させたテトラヒドロフランは、エーテルよりも沸点が高く水に溶けやすいですよね。ClogP を比較すると、約 0.34 小さくなっています。酢酸エチルと環化させたγ-ブチロラクトンを比較すると、ブチロラクトンの方が沸点が約 130 ℃も高く、水への溶解度も酢酸エチルが 8.3 g/100 mL (20℃) に対してブチロラクトンは混和性です (wikipedia)。ClogP を比較すると約 1.5 も小さくなっています。極性官能基を持たないノルマルヘキサンとシクロヘキサンを比較しても、環化体の方が沸点が高く脂溶性が低くなっています。(ClogP の値は ChemDraw の計算値ですが、これくらい単純な分子だとそこそこ正確な値だと思っています)

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では、なぜ 「環化させるだけで脂溶性は下がる」 のでしょうか?
私は主に次の 3 つの効果があると思います。

(1) 環化させることで非極性表面積が減少する
  (C-H H-C → C-C のため。分子がコンパクトになるため)
(2) 環化させることで極性表面積が増加する
  (極性官能基がむき出しになるため tPSA は変わらなくても PSA は増加している)
(3) 環化させることで双極子モーメントが大きくなる
  (極性官能基の配座固定や配座変化のため)

非極性表面積 (NPSA)、極性表面積 (tPSA ではなく PSA)、双極子モーメントは計算化学ソフトで計算できますので、興味ある方はやってみてください。ヘキサンの沸点については、環化することで分子同士の接触面積が大きくなり分子間力が大きくなるという影響が大きいように思われます (Cycloalkane-Wikipedia)。

簡単な分子の環化前と後の ClogP を並べてみました。やはり環化すると脂溶性が下がる傾向がありそうです (下図ではすべての分子で脂溶性が下がっています)。脂溶性を実測している方は、ぜひ環化体と非環化体の脂溶性を比較してみてください。おそらくほとんどの分子で環化体の方が脂溶性が低いと思います (ただし、ペプチドなどの環化で分子内水素結合によって極性官能基が相殺されて脂溶性が向上する場合を除く。あくまで小さい環化で、炭素と炭素で結ぶ場合です)。

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[注意] 冒頭に記述しましたが今回の記事は私の個人的な見解です。もし誤りやお気づきの点があればコメント欄でお知らせください。この記事は次回の記事にもつながる予定です。

気ままに創薬化学 2012年05月25日 | Comment(6) | ADMET・物性・特許

アミンの塩基性を下げて膜透過性を改善する

2011 年、Merck の MK2 inhibitor [論文]。下図左のスピロ-4-ピペリジン誘導体は caco-2 透過性が低く、経口吸収性がほとんどありませんでした。ミクロソームやヘパトサイトでの安定性は良いことから、経口吸収性がないのは膜透過性が低いためと推測。さらに膜透過性が低いのは塩基性が高すぎるためと考え、塩基性を下げるために窒素原子を隣へ移動しました。


すると、上図左のスピロ-4-ピペリジン誘導体は pKa=9.3 (実測) に対して、右のスピロ-3-ピペリジン誘導体は pKa=8.3 まで塩基性が低減。これは塩基性の窒素が電子求引性のピロール環に近づいたためとされています。これによって caco-2 透過性も 1nm/s から 34nm/s まで改善し、経口吸収性も担保することができたそうです。(片方の光学異性体は主活性を同程度に保持しています)

フッ素の ax/eq でピペリジンの pKa をチューニング のようにアミン近傍にフッ素を導入するのも定番ですが、アミンを電子求引基の方へ隣にずらすというのも面白い一手ですね。

[論文] "Discovery of selective and orally available spiro-3-piperidyl ATP-competitive MK2 inhibitors" Bioorg. Med. Chem. Lett. 2011, 21, 3823.
[関連] アミンの塩基性を予測する調整する (気ままに創薬化学)

気ままに創薬化学 2012年02月28日 | Comment(0) | ADMET・物性・特許