PhenoFluor で Late-Stage の脱酸素的フッ素化反応


先日 フェノール類のフッ素化試薬 PhenoFluor 発売 をお伝えしましたが、つい昨日 PhenoFluor を使った Late-Stage 脱酸素的フッ素化反応が報告されました。

フェノール類をフッ素化できる試薬 PhenoFluor を開発した Tobias Ritter 先生らは、同試薬が脂肪族アルコールの脱酸素的フッ素化にも使えることを見出だしました。PhenoFluor を使うと、他の脱酸素的フッ素化試薬 (新しい脱酸素的フッ素化試薬 で紹介した比較的新しいものも含めて) では脱離などの副反応が起きてしまうような基質でもフッ素化できるそうです。官能基許容性が高く、種々の天然物や医薬分子のフッ素化に成功しています。創薬化学でも使えるかもしれませんね。

上図のような水酸基が複数存在する場合の選択性については、以下の 4 つで説明可能。
(1) 2、3 級アルコール存在下でも 1 級アルコールのフッ素化が選択的に進行する。
(2) 2 級アルコールの反応は遅く、β,β'-dibranched の基質では進行しない。ただしアリリックアルコールの場合を除く。
(3) 3 級アルコールは反応しない。ただしアリリックアルコールの場合を除く。
(4) 水素結合している水酸基は反応しない。

[論文] "Late-Stage Deoxyfluorination of Alcohols with PhenoFluor" J. Am. Chem. Soc. Article ASAP.


気ままに創薬化学 2013年02月13日 | Comment(0) | 合成化学

Zn(SO2R)2 を用いた含窒素芳香環の C-H 官能基化反応

今年の 1 月に 芳香族 C-H トリフルオロメチル化反応、その他の C-H 官能基化反応 という記事で、Baran らの NaSO2CF3 と tBuOOH を用いた CF3 化反応 [論文1] や Zn(SO2CF2H)2 とtBuOOH を用いた CF2H 化反応 [論文2] を紹介しましたが、今週の Nature では Zn(SO2R)2 とtBuOOH を用いたより幅広い C-H 官能基化反応 [論文3] が報告されました。 


(上図は Baran 研の HP から引用)

Zn(SO2R)2 とtBuOOH からラジカル種を介して C-H 官能基化反応が進行するようで、上記の CF3 化で用いた Na 塩よりも Zn 塩の方が安定性と反応性の両面で優れていたとのことです。R として CF3、CF2H、CH2CF3、CH2F、CH(CH3)2、(CH2CH2O)3CH3 が用いられており、非常に温和な条件でこれらの官能基を導入することに成功しています (現在 R として CH2Cl、CH2CO2Me、cyclohexyl、C6F13 などの perfluooaklyl を検討中)。すでに Pfizer のメディシナルケミストリーで試験的に使われてるそうで、これから他の製薬企業でも使われるようになるのではないでしょうか。

◆ 論文に挙げられていた反応の特徴の一部
・ R が CF3、CF2H、CH2CF3、CH(CH3)2 の Zn(SO2R)2 試薬は Aldrich で市販されている。
・ 反応条件がマイルドで官能基許容性が高い (ニトリル、ケトン、エステル、ヘテロアリールハライド、カルボン酸、ボロン酸エステルなど)。
・ 論文で合成した 52 化合物中 50 化合物は Baran らが最初の合成法の報告であり、従来の方法では合成困難な化合物をこの方法で作ることができる。
・ 求核的なラジカル (R=CH(CH3)2) と電子豊富な基質 (pyrrole) とでは収率悪い。

◆ 創薬化学で使うときにはこんな点が問題になるかも、と思ったこと (個人的感想)
・ R が Me や Et の例は挙げられていない。(これらの置換基の導入には別の合成法が必要か)
・ 位置異性体が生じた場合に分離困難な場合もありそう。(反応点が 1 ヶ所の基質ならいいけど)
・ 求核的なラジカル (R=CH(CH3)2) と求電子的なラジカル (R=CF3) では反応位置が異なる場合もあるので、ある位置に CH(CH3)2 を導入したものと、同じ位置に CF3 を導入したもの両方を作りたくてもできない場合もあると思われる。

何はともあれ、こうした新反応の開発によって、合成できる化合物のケミカルスペースが広がるのは喜ばしいことです。また、官能基許容性が高いので、late stage での官能基化が可能かもしれない点も創薬化学者には嬉しいですね。

[論文1] "Innate C-H trifluoromethylation of heterocycles" PNAS 2011, 108, 14411.
[論文2] "A New Reagent for Direct Difluoromethylation" J. Am. Chem. Soc. 2012, 134, 1494.
[論文3] "Practical and innate carbon–hydrogen functionalization of heterocycles" Nature 2012, 492, 95.

気ままに創薬化学 2012年12月09日 | Comment(0) | 合成化学

フェノール類のフッ素化試薬 PhenoFluor 発売

2011 年に Tobias Ritter 先生らが発表 [論文] したフェノール類の脱酸素的フッ素化試薬 PhenoFluor が Aldrich から最近発売されました。250 mg で 40,000 円と高めの価格ですが、 官能基許容性も高いですし、創薬化学に使えるかもしれません。


Aldrich と言えば、気ままに有機化学 で紹介した 25mL Sure/Seal Reagents も経時劣化が抑えれていいかも。価格も 100mL と変わらないです。

[論文] "Deoxyfluorination of Phenols" J. Am. Chem. Soc. 2011, 133, 11482.
[関連] 新しい脱酸素的フッ素化試薬 (気ままに創薬化学)

気ままに創薬化学 2012年11月29日 | Comment(0) | 合成化学

芳香族 C-H トリフルオロメチル化反応、その他の C-H 官能基化反応


2011 年は創薬化学に使えそうな芳香族 C-H トリフルオロメチル (CF3) 化反応がいくつも報告されました。Baran らは NaSO2CF3 に tBuOOH [論文1]、MacMillan らは CF3SO2Cl に Ru 触媒と光 [論文2]、Qing らは CF3SiMe3 に Cu 触媒と酸化剤 [論文3] を使った芳香族 C-H トリフルオロメチル化反応を報告しています。

実際に、Baran や MacMillan の反応はすでにいくつかの製薬企業で使われているそうです [参考1]。マイルドな条件でトリフルオロメチルラジカルを発生させているのがミソで、市販の医薬品や天然物などでも CF3 化に成功しています。CF3 が入った化合物を最初から作りなおすのではなく、最終化合物や中間体を直接 CF3 化できる (可能性がある) のがいいですね。(ちなみに、芳香族 C-H トリフルオロメチル化ではなく、芳香族ハライドやボロン酸のトリフルオロメチル化反応については [論文4] の本文およびリファレンスなどをご参照ください)

・・・と書いているうちに、さらに Baran らが今日の JACS ASAP に C-H ジフルオロメチル (CF2H) 化反応を発表しています [論文5]。また、創薬化学で使えそうな C-H 官能基化反応 (Alkyl, Cycloalkyl, CF3, CH2OH, Sugars, Aryl, Oxetanes, Azetidines, Amides, Esters, etc. の導入反応) については 2011 年の文献にまとめられています [論文6]。プロセス化学でも、最近、興味深い C-H ラジカルアミノメチル化を使った JAK2 阻害薬 LY2784544 の合成が OPRD に報告されています [論文7]

これらの反応によって、これまで合成困難であった化合物も合成可能になるでしょう。あとは、それらをいかに薬のデザインや合成に活かすか、ですね。

[論文1] "Innate C-H trifluoromethylation of heterocycles" PNAS 2011, 108, 14411.
[論文2] "Trifluoromethylation of arenes and heteroarenes by means of photoredox catalysis" Nature 2011, 480, 224.
[論文3] "Copper-Catalyzed Direct C?H Oxidative Trifluoromethylation of Heteroarenes" J. Am. Chem. Soc. Article ASAP.
[論文4] "Copper-Catalyzed Trifluoromethylation of Aryl and Vinyl Boronic Acids with An Electrophilic Trifluoromethylating Reagent" Org. Lett. 2011, 13, 2342.
[論文5] "A New Reagent for Direct Difluoromethylation" J. Am. Chem. Soc. Article ASAP.
[論文6] "Minisci reactions: Versatile CH-functionalizations for medicinal chemists" Med. Chem. Commun. 2011, 2, 1135.
[論文7] "Development and a Practical Synthesis of the JAK2 Inhibitor LY2784544" Org. Process Res. Dev. Article ASAP.
[参考1] "Radical Ways To Trifluoromethylate" C&EN
[関連1] Zn(SO2R)2 を用いた含窒素芳香環の C-H 官能基化反応 (気ままに創薬化学)
[関連2] すべてが F になる (化学者のつぶやき)
[関連3] 芳香族フルオロ/トリフルオロメチル化反応 (気ままに創薬化学)

気ままに創薬化学 2012年01月14日 | Comment(0) | 合成化学

トシルヒドラゾンのカップリング反応 (2)

トシルヒドラゾンのカップリング反応 (1) ではトシルヒドラゾン (トシルヒドラジン + カルボニル化合物) とアリールハライドのパラジウム触媒によるカップリング反応を紹介しました。今回は、パラジウム触媒を必要としない、トシルヒドラゾンのカップリング反応を 2 つ紹介します。前回と同じく Jose Barluenga 教授と Carlos Valdes 准教授らのグループの報告です。

1 つ目はトシルヒドラゾンとボロン酸のカップリング反応 [論文1]。トシルヒドラゾンとボロン酸を炭酸カリウム存在下ジオキサン中で加熱するだけで還元的なカップリングが起きます。この反応は官能基許容性が高く、アルデヒド・ケトン・エステル・ニトリル・アリールハライド・無保護のアニリン・ピリジン・フラン・無保護のイミダゾール・無保護のインドールなどの存在下でも反応が進行します。また、トシルヒドラゾンもボロン酸もアリールタイプのみならずアルキルタイプの基質でも大丈夫。さらに、アルデヒドやケトンからのヒドラゾン化 → カップリングの one-pot 反応も可能です。市販のボロン酸は多数ありますので、創薬化学の誘導体合成に向いているのではないでしょうか。


ちなみに、上の反応は 2009 年の Nature Chemistry に報告されたものですが、2011 年の ChemMedChem には、この反応を Drug-like な分子や Fragment-like な分子の合成に使えそうという Pfizer 社の報告もあります [論文2]

さて、2 つ目はトシルヒドラゾンとフェノール・アルコールのカップリング反応 [論文3]。ボロン酸の代わりにアルコールやフェノールでもパラジウムなしでカップリングが起こります。この反応も官能基許容性が高く、またカルボニル化合物からの one-pot 反応も可能です。また、最近別のグループからフェノールの代わりにチオフェノールでも同様の反応が進行することが報告されています [論文4]


創薬化学で扱う骨格によっては、トシルヒドラゾン中間体からこれらの反応を使って簡便に多数の誘導体合成ができるのではないでしょうか。

最後に、トシルヒドラゾンの反応については最近 Jose Barluenga グループからレビュー [論文5] が出ていますし、Jose Barluenga 教授の他の業績について知りたい方には Baran Lab のセミナー資料 (pdf) がよくまとまっていますので、ご興味もたれた方はごれらの文献もご参照ください。

[論文1] "Metal-free carbon–carbon bond-forming reductive coupling between boronic acids and tosylhydrazones" Nature Chemistry 2009, 1, 494.
[論文2] "Application of Barluenga Boronic Coupling (BBC) to the Parallel Synthesis of Drug-like and Drug Fragment-like Molecules" ChemMedChem Early View.
[論文3] "Straightforward Synthesis of Ethers: Metal-Free Reductive Coupling of Tosylhydrazones with Alcohols or Phenols" Angew. Chem. Int. Ed. 2010, 49, 4993.
[論文4] "Synthesis of thioethers via metal-free reductive coupling of tosylhydrazones with thiols" Org. Biomol. Chem. 2011, 9, 748.
[論文5] "Tosylhydrazones: New Uses for Classic Reagents in Palladium-Catalyzed Cross-Coupling and Metal-Free Reactions" Angew. Chem. Int. Ed. 2011, 50, 7486.

気ままに創薬化学 2011年12月31日 | Comment(0) | 合成化学