ホスホニウム系縮合剤は下記のような構造をもつ試薬の総称で、主にカルボン酸とアミンからのアミド合成やペプチド合成に使われる脱水縮合剤です。BOP の B はベンゾトリアゾール、O は酸素、P はリンを表し [(
Benzotriazol-1-yl
oxy)-tris(dimetylamino)
phosphonium hexafluorophosphate]、PyBOP の Py はピロリジンを意味しています。BroP の Bro は臭素を表しています (Brop あるいは BrOP の両方の表記が使われる)。
例えば、PyBOP は下図のようにカルボン酸を活性化することでアミド形成を促進すると考えられています。すなわち、DIPEA (ジイソプロピルエチルアミン) で脱プロトン化されたカルボン酸が PyBOP に求核攻撃することで HOBt (ヒドロキシベンゾトリアゾール) が脱離、さらに脱離した HOBt がカルボニルに対して付加脱離を起こすことで HOBt エステルを形成、そこにアミンが求核攻撃して HOBt が脱離することでアミドが形成する、という機構です。
実は PyBOP 自体も製薬企業の Merck によって開発されたもので、PyBOP という名前は Merck の登録商標です。そして近年、製薬各社がホスホニウム系縮合剤を使った新反応を報告していますので、3 つ紹介したいと思います。
まずは、2005 年の同時期に Wyeth
[論文1][論文2] と Johnson&Johnson
[論文3] から報告された、ヘテロ環状アミド・ウレアの芳香族求核置換反応 (Article は 2007 年の Wyeth
[論文4])。例えば下図のような環状アミドに BOP、DBU、求核剤を加えるとアミドの酸素原子が求核剤で置換された生成物を与えます。反応機構も下図のとおりですが、上で紹介した PyBOP のアミド化とよく似ていることがわかるかと思います。この反応は (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行し、求核剤も様々なものが使えるようです。
2 つ目の反応は 2008 年 JACS に Johnson&Johnson から報告された
[論文5]、ヘテロ環状アミドやウレアのカップリング反応。1 つ上の反応機構の途中に書いたヘテロ環のホスホニウム塩がカップリング反応に使えるのではないかと考えて反応を最適化。PyBroP、Et3N でヘテロ環をホスホニウム塩にした後に、Pd 触媒とボロン酸、塩基を加えるという手法で鈴木-宮浦カップリング型の反応が進行することを発見しました。「リン酸エステルを基質にしたカップリングと同じ」 と思った方もいるかもしれませんが、リン酸エステルがボロン酸の立体的・電子的効果を大きく受けるのに対して今回のホスホニウム塩のカップリングは幅広いボロン酸に対して高収率でビアリール体を与えています。基質も (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行するようです。
これらの反応は反応形式が面白いだけでなく、条件が温和でとても便利な反応でもあります。例えば下のヌクレオシドのプリン環 6 位に求核剤や芳香環を入れることを考えましょう。これまでの従来の方法では、まず糖の水酸基を保護し、オキシ塩化リン (毒物、さらに後処理で強く発熱するので注意が必要) などを使って塩素化し、そこに求核剤や芳香環を導入して、水酸基を脱保護する、という 4 ステップが必要になってきます。一方、今回紹介した方法は 1 ステップでしかも高収率で目的物が得られるという素晴らしい反応です。特に、これらの骨格の誘導体を多数合成したいときには、時間も手間も大幅に省いてくれるでしょう。そう考えると、こうした反応が製薬企業から報告されてきているのがリーズナブルに思えます。まさに 「必要は発明の母 “Necessity is the mother of invention.”」 ですね。
最後におまけ的に 3 つ目ですが、今年 2010 年には Pfizer からピリジン-N-オキシドに PyBroP とアミンを反応させることで 2-アミノピリジンが合成できるという報告もあります
[論文6]。ピリジン 2 位選択性が高く、4 位には全く入らないとのこと。基質はピリジンだけでなくキノリンやイソキノリンでも進行、アミンの代わりにアンモニアやアニリン、イミダゾールなども入れることができるようです。この反応も薬の候補分子によく見られる構造を作る上で有用な反応ですね。
以上、カルボン酸の活性化に用いられてきたホスホニウム系縮合剤が、ヘテロ環状アミド・ウレア、さらにピリジン-N-オキシドの活性化にも使えることがわかり、有用な新規反応が見出されてきているという話でした。今日あなたが何気なく使っている試薬も、こうした新しい可能性を秘めているかもしれませんよ?
[論文1] "A Highly Facile and Efficient One-Step Synthesis of N6-Adenosine and N6-2'-Deoxyadenosine Derivatives"
Org. Lett., 2005, 7, 5877.[論文2] "An Efficient Direct Amination of Cyclic Amides and Cyclic Ureas"
Org. Lett., 2006, 8, 2425.[論文3] "Efficient Conversion of Biginelli 3,4-Dihydropyrimidin-2(1H)-one to Pyrimidines via PyBroP-Mediated Coupling"
J. Org. Chem., 2005, 70, 1957.[論文4] "The Scope and Mechanism of Phosphonium-Mediated SNAr Reactions in Heterocyclic Amides and Ureas"
J. Org. Chem., 2007, 72, 10194.[論文5] "Pd-Catalyzed Direct Arylation of Tautomerizable Heterocycles with Aryl Boronic Acids via C−OH Bond Activation Using Phosphonium Salts"
J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 11300.[論文6] "General and Mild Preparation of 2-Aminopyridines"
Org. Lett., 2010, 12, 5254.