トシルヒドラゾンのカップリング反応 (1)

今回と次回の 2 回にわけて、創薬化学に使えそうなトシルヒドラゾンのカップリング反応を紹介します。

4-aryl tetrahydropyridine (あるいはそれを還元した 4-aryl piperidine) 骨格は医薬品によく見られる scaffold の 1 つです。この骨格をピペリドンとアリールハライドから合成するには、@ ピペリドンの窒素を保護、A ピペリドンのカルボニルをエノールスルホナートへ、B それをホウ素など金属に置き換え、C アリールハライドとカップリング、D 脱保護、というのが一般的かと思います。実際には、単純なピペリドンの場合には B まで済んだ試薬が高価ながら市販されていますが、より複雑なケトンになるとこの 5 段階の反応を経なければなりません。


しかし、トシルヒドラゾンのカップリング反応を使えばこれを 1 段階で行えるのです [論文]。Jose Barluenga 教授と Carlos Valdes 准教授らのグループはトシルヒドラゾンとアリールハライドがカップリング反応を起こすことを発見し、さらにそれをワンポット化してカルボニル化合物とトシルヒドラジンとアリールハライドでカップリング可能なことを見出だしました。

この反応は、アリールハライドとしてブロモ基・クロロ基が使用可能、電子求引性・電子供与性の種々の置換基やオルト位ジメチル置換基も許容、π―過剰系・π―欠如系の種々のヘテロ環でも進行、さらにピペリドンの窒素無保護でもヒドラゾン側で反応し N-アリール化反応は全く起こらない、無水ではなく reagent grade のジオキサンを使ったりアルゴン下ではなく空気下で反応を行ってもほとんど同じ収率、などとても使いやすい反応のようです。カルボニル化合物はピペリドンに限らず様々なケトンやアルデヒドを反応させることができます。つまり、トシルヒドラジンを加えるだけで、カルボニル化合物を求核的なカップリング剤として使うことができるのです。


次回、トシルヒドラゾンのカップリング反応 (2) では、遷移金属を使わない驚きのカップリング反応を紹介します。

[論文] "Pd-Catalyzed Cross-Coupling Reactions with Carbonyls: Application in a Very Efficient Synthesis of 4-Aryltetrahydropyridines" Chem. Eur. J. 2008, 14, 4792.


気ままに創薬化学 2011年12月26日 | Comment(0) | 合成化学

新しい脱酸素的フッ素化試薬


水酸基をフルオロ基に、カルボニル基をジフルオロ基に、といった脱酸素的フッ素化反応 (deoxofluorination)。現在最も広く使われている脱酸素的フッ素化試薬は DAST や DeoxoFluor かと思います。しかしながらこれらの試薬は液体で、水分や熱で分解しやすく、腐食性や爆発性があるという問題点がありました。これらの問題を解決すべく、2010 年に新しい脱酸素的フッ素化試薬が報告され、それらが市販されました。上図右の XtalFluor と FluoLead。

XtalFluor と FluoLead の特徴を以下に簡単にまとめてみました。個人的な印象としては FluoLead の CO2H → CF3、OH → OC(=S)SMe → OCF3 の変換が可能なあたりが魅力的な感じです。興味を持たれた方は、具体的な反応例や操作なども含めて論文をご参照ください。

XtalFluor
[利点] 固体で取り扱いやすく、DAST や DeoxoFluor に比べて安定性も高まっている。
[利点] DAST や DeoxoFluor に比べて脱離反応とフッ素化反応の比が良い傾向。
[欠点] DBU, Et3N・3HF, Et3N・2HF などの促進剤の添加が必要。
[入手] Aldrich などで購入可能、-E: 14500円/5g、-M: 24000円/5g。
[論文] J. Org. Chem., 2010, 75, 3401.

FluoLead
[利点] 固体で取り扱いやすく、DAST や DeoxoFluor に比べて安定性も高まっている。
[利点] 吸湿分解しにくい (グラフィカルアブストラクトは試薬を水に浮かべる写真)
[利点] DAST や DeoxoFluor、XtalFluor に比べて脱離反応とフッ素化反応の比が良い傾向。
[利点] CO2H → CF3、OH → OC(=S)SMe → OCF3 も可能。Supporting Info にも反応例あり。
[入手] TCI などで購入可能、21900円/5g。
[論文] J. Am. Chem. Soc., 2010, 132, 18199.

ちなみに従来試薬のお値段は DAST が 12000円/5g、DeoxoFluor が 11400円/5g なので、新試薬もそれほど値段は高くない気がします。脱酸素的フッ素化をやる機会があれば試してみてはいかがでしょうか。

[関連1] フェノール類のフッ素化試薬 PhenoFluor 発売 (気ままに創薬化学)
[関連2] 芳香族フルオロ/トリフルオロメチル化反応 (気ままに創薬化学)

気ままに創薬化学 2011年02月01日 | Comment(2) | 合成化学

オキセタン、売ってます。2

オキセタン、売ってます。 という記事で Synthonix 社を紹介しましたが、最近 Activate-Scientific 社を知りました。こちらでも下図に含まれるものをはじめ、オキセタンを部分構造に含むものをこんなに 取り扱っています。これらの中には Synthonix 社にないものもありますし、逆に Synthonix 社であったものがないものもありますので、両方見ることで望みのオキセタンが見つかるかもしれません。


ちなみに、オキセタン以外でもなかなかユニークビルディングブロックを取り扱っているみたいなので、合成展開の詰めのあたりで利用価値のある試薬があるかもしれませんね。(もし他にオススメの試薬メーカーなどご存知でしたらコメント欄でお知らせいただけると幸いです)

[情報] 気ままに有機化学に 今春の ACS の講演もオンラインで見よう! を執筆しました。創薬化学系の講演は少なかったので気ままに創薬化学には投稿していませんが、興味ある方はご覧ください。

気ままに創薬化学 2010年12月23日 | Comment(3) | 合成化学

製薬企業が見つけたホスホニウム系縮合剤の新反応

ホスホニウム系縮合剤は下記のような構造をもつ試薬の総称で、主にカルボン酸とアミンからのアミド合成やペプチド合成に使われる脱水縮合剤です。BOP の B はベンゾトリアゾール、O は酸素、P はリンを表し [(Benzotriazol-1-yloxy)-tris(dimetylamino)phosphonium hexafluorophosphate]、PyBOP の Py はピロリジンを意味しています。BroP の Bro は臭素を表しています (Brop あるいは BrOP の両方の表記が使われる)。

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例えば、PyBOP は下図のようにカルボン酸を活性化することでアミド形成を促進すると考えられています。すなわち、DIPEA (ジイソプロピルエチルアミン) で脱プロトン化されたカルボン酸が PyBOP に求核攻撃することで HOBt (ヒドロキシベンゾトリアゾール) が脱離、さらに脱離した HOBt がカルボニルに対して付加脱離を起こすことで HOBt エステルを形成、そこにアミンが求核攻撃して HOBt が脱離することでアミドが形成する、という機構です。

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実は PyBOP 自体も製薬企業の Merck によって開発されたもので、PyBOP という名前は Merck の登録商標です。そして近年、製薬各社がホスホニウム系縮合剤を使った新反応を報告していますので、3 つ紹介したいと思います。

まずは、2005 年の同時期に Wyeth [論文1][論文2] と Johnson&Johnson [論文3] から報告された、ヘテロ環状アミド・ウレアの芳香族求核置換反応 (Article は 2007 年の Wyeth [論文4])。例えば下図のような環状アミドに BOP、DBU、求核剤を加えるとアミドの酸素原子が求核剤で置換された生成物を与えます。反応機構も下図のとおりですが、上で紹介した PyBOP のアミド化とよく似ていることがわかるかと思います。この反応は (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行し、求核剤も様々なものが使えるようです。

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2 つ目の反応は 2008 年 JACS に Johnson&Johnson から報告された [論文5]、ヘテロ環状アミドやウレアのカップリング反応。1 つ上の反応機構の途中に書いたヘテロ環のホスホニウム塩がカップリング反応に使えるのではないかと考えて反応を最適化。PyBroP、Et3N でヘテロ環をホスホニウム塩にした後に、Pd 触媒とボロン酸、塩基を加えるという手法で鈴木-宮浦カップリング型の反応が進行することを発見しました。「リン酸エステルを基質にしたカップリングと同じ」 と思った方もいるかもしれませんが、リン酸エステルがボロン酸の立体的・電子的効果を大きく受けるのに対して今回のホスホニウム塩のカップリングは幅広いボロン酸に対して高収率でビアリール体を与えています。基質も (電子豊富でない) 種々のヘテロ環状アミド・ウレアで進行するようです。

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これらの反応は反応形式が面白いだけでなく、条件が温和でとても便利な反応でもあります。例えば下のヌクレオシドのプリン環 6 位に求核剤や芳香環を入れることを考えましょう。これまでの従来の方法では、まず糖の水酸基を保護し、オキシ塩化リン (毒物、さらに後処理で強く発熱するので注意が必要) などを使って塩素化し、そこに求核剤や芳香環を導入して、水酸基を脱保護する、という 4 ステップが必要になってきます。一方、今回紹介した方法は 1 ステップでしかも高収率で目的物が得られるという素晴らしい反応です。特に、これらの骨格の誘導体を多数合成したいときには、時間も手間も大幅に省いてくれるでしょう。そう考えると、こうした反応が製薬企業から報告されてきているのがリーズナブルに思えます。まさに 「必要は発明の母 “Necessity is the mother of invention.”」 ですね。

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最後におまけ的に 3 つ目ですが、今年 2010 年には Pfizer からピリジン-N-オキシドに PyBroP とアミンを反応させることで 2-アミノピリジンが合成できるという報告もあります [論文6]。ピリジン 2 位選択性が高く、4 位には全く入らないとのこと。基質はピリジンだけでなくキノリンやイソキノリンでも進行、アミンの代わりにアンモニアやアニリン、イミダゾールなども入れることができるようです。この反応も薬の候補分子によく見られる構造を作る上で有用な反応ですね。

以上、カルボン酸の活性化に用いられてきたホスホニウム系縮合剤が、ヘテロ環状アミド・ウレア、さらにピリジン-N-オキシドの活性化にも使えることがわかり、有用な新規反応が見出されてきているという話でした。今日あなたが何気なく使っている試薬も、こうした新しい可能性を秘めているかもしれませんよ?

[論文1] "A Highly Facile and Efficient One-Step Synthesis of N6-Adenosine and N6-2'-Deoxyadenosine Derivatives" Org. Lett., 2005, 7, 5877.
[論文2] "An Efficient Direct Amination of Cyclic Amides and Cyclic Ureas" Org. Lett., 2006, 8, 2425.
[論文3] "Efficient Conversion of Biginelli 3,4-Dihydropyrimidin-2(1H)-one to Pyrimidines via PyBroP-Mediated Coupling" J. Org. Chem., 2005, 70, 1957.
[論文4] "The Scope and Mechanism of Phosphonium-Mediated SNAr Reactions in Heterocyclic Amides and Ureas" J. Org. Chem., 2007, 72, 10194.
[論文5] "Pd-Catalyzed Direct Arylation of Tautomerizable Heterocycles with Aryl Boronic Acids via C−OH Bond Activation Using Phosphonium Salts" J. Am. Chem. Soc., 2008, 130, 11300.
[論文6] "General and Mild Preparation of 2-Aminopyridines" Org. Lett., 2010, 12, 5254.

気ままに創薬化学 2010年12月04日 | Comment(3) | 合成化学

オキセタン、売ってます。

以前 オキセタンの創薬化学 (+追記合成法) を紹介しましたが、実際に試すには少々骨が折れるかと思います。というのは論文などではオキセタン-3-オンから数ステップかけて種々の誘導体を合成してますが、オキセタン-3-オンが高価なうえ合成工数もかかるのでなかなかとっつきづらいのです。しかも主要メーカーでは他のオキセタン誘導体はほとんど売ってない様子。

先月末に行ってきた ACS National Meeting でオキセタンのビルディングブロックを 10 種類以上扱っている Synthonix 社を知りました。下記のパンフレット 2 枚をもらってきましたので構造式はそちらをご覧ください (図はクリックで拡大します)。250mg〜25g スケールで販売していて、1g で買うと 140〜1220US$。安くはないですが、合成展開に使える範囲ではないでしょうか。

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Synthonix 社の新製品パンフレット (図はクリックで拡大します)

もし興味はあるけど合成が面倒・・・と諦めていた方は一度試してみてはいかがでしょうか。あともし他に興味深いビルディングブロックを販売している会社などご存知の方はお知らせいただけると幸いです。

[関連] オキセタン、売ってます。2 (気ままに創薬化学)

気ままに創薬化学 2010年09月07日 | Comment(3) | 合成化学