触媒的芳香族フルオロ化反応がこれまで困難とされてきたのは、酸化的付加・金属交換・還元的脱離のうち還元的脱離の段階です。還元的脱離前駆体の Ar-Pd-F 種が二量体を形成しやすく、また活性化エネルギーが大きいため、還元的脱離が起き難いのです。
Buchwald らは彼らが独自開発したモノホシフィンリガンド BrettPhos を用いた芳香族アミノ化反応を報告しており、この際、還元的脱離の前駆体である BrettPhos と Ar-Pd-X (X=Cl, Br) の複合体が単量体として存在することを NMR および結晶構造解析により確認しています。もしも BrettPhos と Ar-Pd-F の複合体が単量体として存在するのならば還元的脱離が促進されると考え、反応を最適化。その結果、パラジウム触媒と tBuBrettPhos の存在下、フッ化セシウムを用いて芳香族トリフラートを対応するフッ素化合物へと変換することに成功しました (少し異なる条件で芳香族ブロマイドも変換可能)。
本反応は種々のヘテロ芳香環や官能基存在下でも進行するため、合成展開にも使えるかもしれません (ただしオルト位にルイス塩基性官能基をもつ場合は除く。また禁水反応なので気軽に使えるかは微妙?)。また、同位体である 18F 試薬が入手可能なフッ化セシウムをフッ素源とするため、PET (ポジトロン断層法) 研究への応用も考えられます。
同様に、TESCF3 と KF をトリフルオロメチル源として芳香族クロライドのトリフルオロメチル化も報告されました (カタログを見たら TESCF3 は普通に売ってました)。リガンドは基本的に BrettPhos でオルト位に置換基がある基質の場合はより嵩の低い RuPhos を用います。この反応も種々のヘテロ芳香環や官能基存在下でも進行します (ただしアルデヒド、ケトン、OH、NHをもつ場合を除く)。芳香族ブロマイドやトリフラートも変換可能なようですが、若干収率が下がるようです。
これらの反応において鍵となるのはやはりリガンドで、これが二量化を抑制し還元的脱離を促進することでこれまで困難だった反応が実現できたわけです。ちなみに、これらの反応に関してはより実用的でより一般的なプロセスを開発中とのことですので、私も創薬化学者の一人としてとても楽しみにしています。
Ar-F や Ar-CF3 は一般的な合成法が少ないため、芳香環に F や CF3 が入った原料を使うことが多いかと思いますが、「どうしても作りたいけど原料が売ってない」 という場合にはカップリング反応で合成することが可能になったようですね。合成法はどんどん進化しているので、あとは創薬化学者が良い化合物をデザインするだけ! (それが難しいんだよね。笑)
[論文1] "Formation of ArF from LPdAr(F): Catalytic Conversion of Aryl Triflates to Aryl Fluorides" Science 2009, 325, 1661.
[論文2] "The Palladium-Catalyzed Trifluoromethylation of Aryl Chlorides" Science 2010, 328, 1679.